烏森神社の境内
本作は江戸時代に記されたとある古文書の中の怪談奇譚をベースにしているが、現代の読者がストレスなく読み進められるよう、当時の言い回しや風俗表現をあえて現代の言葉や概念に置き換えて翻訳・再構成している。江戸の町にどうしてそんな現代語があるのか、といった野暮なツッコミはどうかご容赦いただき、気軽な気持ちでページをスクロールしてほしい。
「はあ……。まさか俺が、こんな急に跡を継ぐことになるなんてな」
江戸の町外れ、鬱蒼とした杉木立に囲まれた烏森神社の境内で、若き神主である朔太郎は深いため息をつきながら竹箒を動かしていた。
先月までの朔太郎は、神社の跡取り息子とはいえ、難しい作法や神事の勉強からは逃げ回り、町に出ては団子を食ったり昼寝をしたりして過ごす気楽な見習いにすぎなかった。ところが、丸太のように頑丈だったはずの父親が、ある晩に好物の天ぷらを喉に詰まらせるというあまりにもあっけない理由で急死してしまったのである。
(親父のやつ、あんなにピンピンしてたのに……。おかげでこっちは、祝詞の上げ方すらうろ覚えのまま、いきなり一社の主だぞ。準備不足にもほどがあるっての)
白衣に浅葱色の袴という神主装束も、まだどこか着られている感が拭えない。烏帽子にいたっては、少し首をかしげるだけでズルッと傾いてしまう始末だ。
しかし、神主としての作法以上に朔太郎を悩ませているものが、この神社にはあった。
バサッ、バサバサッ!
頭上の杉の枝が揺れ、黒い影がいくつも舞い降りてくる。ツヤのある漆黒の羽毛、鋭い眼光、そして太く立派なくちばし。カラスである。
ここ烏森神社は、その名の通り、古くからカラスをご神体──あるいは神の尊い御使いとして祀っているちょっと変わった神社だった。近隣の村人からは「カラス様のお社」と呼ばれ、境内には常に数十羽のカラスが我が物顔でたむろしている。
朝の日課と黒い影
「よしよし、今日も朝飯の時間だぞ。順番に食えよ、喧嘩するなよ」
朔太郎は木の桶に詰めてきた炒り豆や雑穀、そして台所で出た魚のあらなどを、境内の隅にある平たい石の上に広げてやった。これは先代である父親の頃から欠かさず続けられている、烏森神社の神主の大切な日課だった。
なお、現代の日本を生きる読者諸兄のためにひとつ重要な豆知識を挟んでおくと、現在の日本において野生のカラスにむやみに餌を与える行為は、鳥獣保護管理法の理念や多くの自治体の条例(餌やり禁止条例や廃棄物処理法関連の指導など)によって厳しく制限、あるいは禁止されている。カラスが特定の場所に集まることで鳴き声による騒音被害やフン害が発生したり、ゴミ置き場が荒らされたり、さらには繁殖期における人間への威嚇・攻撃といった深刻なトラブルにつながるからだ。生態系のバランスを崩さないためにも、現代では「野生動物には餌を与えない」のが鉄則となっている。
だが、ここはまだ大らかな江戸時代であり、しかもカラスを神として崇める神社の境内である。朔太郎が撒いた餌をめがけて、木々の上から黒い鳥たちが次々と滑空してきた。
その中で、ひときわ体格がよく、全身の羽が濡れたように青黒く輝く一羽のカラスが、他のカラスたちを蹴散らすようにして朔太郎の足元へとピョン、ピョンと跳ねながら近づいてきた。
(お、こいつは確か……おでこがぷっくり出っ張ってるから、嘴太烏ってやつだな)
先代の父から耳にタコができるほど聞かされた知識が、朔太郎の脳裏によみがえる。カラスと一口に言っても、日本の里山や町で見かけるカラスには主に二種類いるのだ。
そのハシブトガラスは、足元の炒り豆には目もくれず、黒曜石のような丸い瞳でじっと朔太郎の顔を見上げていた。そして、何を思ったか一歩前に出ると、突然その小さな体から白い煙のような妖気を噴き出したのである。
ドロドロドロ……ポンッ!
「うわっ!? な、なんだ!?」
朔太郎が腰を抜かして竹箒を取り落とすのと、白煙が晴れるのはほぼ同時だった。
そこに立っていたのは、カラスではなかった。ツヤのある黒髪を腰まで垂らし、艶やかな黒地の着物をまとった、目も覚めるような美少女だった。年の頃は十六、七といったところだろうか。ぱっちりとした大きな瞳に、少し丸みを帯びた愛らしい輪郭、そして着物の上からでもわかるほど豊満でメリハリのある肢体をしている。
「ふふっ、驚かせてしもうたか? まじまじと近くで見てみれば、新しい神主はなかなかの男前じゃのう!」
美少女は赤い唇を弧に曲げ、いきなり朔太郎のすぐ目の前まで顔を近づけてきた。ふわりと、木の実と日向の匂いが混ざったような甘い香りが鼻をくすぐる。
「え、ええっ!? お、お前、さっきのカラスか!? なんで人間の女の子の姿になってるんだよ!」
「何を今さら抜かすか。ここらの神使のカラスが人の姿に化けるくらい、烏森の社では当たり前のことじゃろうが。わらわの名は濡羽。この森を束ねるハシブトガラスの姫じゃ。以後、よろしく頼むぞ、若き神主よ」
濡羽と名乗った美少女は、悪戯っぽくウインクをすると、朔太郎の腕に自らの柔らかい胸元をぎゅっと押し当ててきた。
(そ、そういえば親父が生前、『うちの神社のカラスは気が向くと別嬪さんに化けるから、変な気を起こすなよ』とか言ってたような気がする! 冗談だと思って聞き流してたけど、本当に化けるのかよ!)
怪異現象であるはずなのに、あまりの美少女っぷりと距離の近さに、朔太郎の顔は一気に茹でダコのように真っ赤になった。
「どうした、顔が赤いぞ? わらわのような美人に迫られて、早くも骨抜きになったか? よいぞよいぞ、先代のむさ苦しい親父殿と違って、お主のような若くて可愛い男なら大歓迎じゃ。今日からわらわが、手取り足取り神主の務めを──」
ガァーッ! バサバサバサッ!
濡羽が甘い声で囁きかけた、まさにその瞬間だった。頭上から鋭いだみ声が響いたかと思うと、もう一羽のカラスが猛スピードで急降下してきて、濡羽と朔太郎の間に割り込むように着地した。
ドロドロドロ……ポンッ!
再び白煙が上がり、そこから現れたのは、濡羽とはまったくタイプの異なる二人目の美少女だった。
こちらは背がすらりと高く、黒髪を後ろで凛と束ねた、涼しげな切れ長の瞳を持つクール系の美少女である。着ている黒い着物も着崩れひとつなくピシッと着こなしており、全体的にスマートで清楚、それでいてどこか鋭い知性を感じさせる佇まいをしていた。
「ちょっと待ちなさい、この泥棒カラス! 人の気も知らないで、朝からずうずうしく何をベタベタとくっついているのよ!」
二人目の美少女──嘴細烏の化身である少女は、鋭い指先を濡羽に突きつけて怒声を上げた。
「この男はね、先代の神主が亡くなるずっと前から、私が境内の掃除姿を見守って目をつけておったのよ! ぽっと出のあんたに横取りされてたまるものですか!」
二羽の言い分
突然始まった美少女二人の修羅場に、朔太郎はただ目を白黒させるしかなかった。
「あ、あの、君は……?」
「申し遅れました、朔太郎様。私はハシボソガラスの小夜と申します。いつも畑仕事や境内の掃き掃除に精を出しておられるあなた様を、ずっと陰ながらお慕いしておりました」
小夜は朔太郎に向き直ると、先ほどまでの剣幕が嘘のようにしおらしく頭を下げ、可憐な笑みを浮かべた。しかし、その横で濡羽が面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん、何が陰ながらじゃ、むっつりスケベのハシボソめ。だいたい朔太郎よ、こんな貧相な女に騙されるでないぞ。よく見てみよ、こやつの横顔を! おでこがぺったんこで、頭のてっぺんが平らじゃろうが! ハシボソガラスというのはな、頭部がなだらかで、くちばしも細くて貧弱なのじゃ。それに比べてわらわたちハシブトガラスを見よ! おでこがぷっくりと可愛らしく盛り上がって、くちばしも太く逞しく、美しく湾曲しておる! どちらが神使として格上か、一目瞭然じゃろう!」
「なっ……! おでこが出っ張ってるのを自慢するなんて、どういう神経してるのよ!」
小夜のこめかみがピクリと引きつり、すぐさま反撃の火蓋が切られた。
「朔太郎様、聞いてください! このハシブトガラスという連中は、見かけがゴツいだけじゃなくて、性格も食性も本当に野蛮なんです! もともと森林に生息していたくせに、最近は人間の町中に図々しく進出してきて、高い木や屋根の上から人間を見下しているんですよ。しかもこいつら、果実や木の実だけじゃ飽き足らず、小動物や他の鳥の雛、さらには人間が捨てた脂っこい肉くずまでガツガツ食べる肉食傾向の強いグルメ気取りなんです! だからこんな風に、無駄に胸ばかり大きくなって品がないんですわ!」
「な、なんじゃと!? 胸が大きくて何が悪い! 男はみんな柔らかいのが好きなんじゃ、なあ朔太郎!?」
「い、いや、俺に振られても……」
「だいたいなあ、小夜! お主らハシボソガラスこそ、地面の土くればかりつついておる貧乏性じゃろうが! 朔太郎、こやつらが普段何をしておるか知っておるか? 森の木の上で優雅に暮らすわらわたちと違って、ハシボソどもは農耕地や河原、開けた草原なんかをうろついて、地面をノソノソ歩き回りながら昆虫やミミズ、雑草の種なんかをちまちま拾って食っておるのじゃ! しかも歩く姿までみっともないぞ。わらわたちハシブトガラスはな、地面を移動するときは両足を揃えて『ピョン、ピョン』と愛らしくジャンプ(ホッピング)するのじゃが、ハシボソどもは人間みたいに左右の足を交互に出して『テクテク、スタスタ』とウォーキングしおるのじゃ! 鳥のくせに地面を歩いて餌を探すなど、優雅さの欠片もないわ!」
「ちょっと! 交互に足を動かして歩くのは、開けた地面で効率よく餌を探すために進化した知的な歩行スタイルよ! ぴょんぴょん跳ね回って落ち着きがないあんたたちと一緒にしないでちょうだい!」
小夜は顔を真っ赤にして言い返すと、さらに朔太郎の袖をグイッと引っ張った。
「それにね、朔太郎様! こいつの声に騙されちゃダメですよ! 人間の姿だとこんな猫なで声を出していますけど、カラスの姿に戻ったときのハシブトガラスは、喉を広げて『カァー、カァー』って、やけに澄んだ大声で響くように鳴くんです。あれは森の中で遠くの仲間に声を届けるための発声法なんですけど、朝の境内であれをやられるとうるさくてたまりません! それに比べて私たちハシボソガラスは、少しハスキーで控えめに『ガァー、ガァー』と鳴くんです。おじぎをしながら鳴く作法だって心得ているんですよ!」
「はっ! ハスキーと言えば聞こえはいいが、要するに喉が潰れたようなダミ声じゃろうが! 『ガァー、ガァー』と濁った声で頭を上下に振りながら鳴く姿など、滑稽で見ておられんわ! やはりカラスたるもの、『カァー、カァー』と美しく澄んだ声で鳴いてこそ華よ!」
二人は一歩も引かず、額と額を突き合わせんばかりの距離でギャンギャンと言い争いを続けている。
(す、すごいな……。悪口の言い合いなのに、ハシブトガラスとハシボソガラスの見分け方や生態の違いがめちゃくちゃ頭に入ってくるぞ……)
朔太郎は呆気に取られながらも、新米神主として実にありがたい知識を頭に叩き込んでいた。
ここで少し整理しておくと、実は野生のハシブトガラスとハシボソガラスは、同じカラス属でありながら非常に仲が悪いことで知られている。
濡羽と小夜が口論の中で暴露し合っていた通り、ハシブトガラスは本来「森林性」で樹上生活を好み、果実や肉類を好む傾向がある(現代の都市部はビルが立ち並び街路樹が多いため、森林と環境が似ており、生ゴミも豊富なことから都会ではハシブトガラスが圧倒的に多い)。一方のハシボソガラスは「平地・草原性」で、畑や河川敷などの開けた地面を歩いて昆虫や種子を探すことを得意としている。
このように生活空間や好む食べ物が微妙に棲み分けられているものの、境界線となる場所では縄張りをめぐって激しい争いが起きる。一般的に体格が一回り大きく、くちばしも太いハシブトガラスの方が喧嘩は強いとされるが、ハシボソガラスも集団で対抗するなど、両者の関係はまさに犬猿の仲──いや、烏烏の仲なのである。
ただし、例外もある。豊富な餌があるゴミ集積所や、冬のねぐら、そしてこの烏森神社のように安全で食べ物が保証されている場所では、普段は反目し合っている両者が「しぶしぶ」同じ空間に居合わせることも珍しくないのだ。もちろん、一触即発の緊張感は常に漂っているのだが。
「とにかく! 朔太郎の隣はわらわの指定席じゃ!」
「いいえ、私が先です! あんたは森の木のてっぺんにでも帰ってなさい!」
「あ、あの、二人とも落ち着いてくれ! 俺は神主として、どっちのカラスも平等に大切にするからさ!」
朔太郎が汗だくになって間に入り、残っていた炒り豆のお菓子を二人の口にひょいと放り込むと、二人は「「むぐっ!」」と目を丸くしたあと、しぶしぶといった様子でそっぽを向いた。
こうして、新米神主・朔太郎と、二羽のカラス美少女による騒がしくも賑やかな日常が幕を開けたのである。
村の広場と石礫
涙の訴え
そんなドタバタした日々が十日ほど過ぎた、ある昼下がりのことだった。
朔太郎が社務所の縁側で、父の遺した古い神事の帳面をめくりながら頭を抱えていると、境内の入り口の方から、ただならぬ気配とともに二つの影が駆け込んできた。
「さ、朔太郎ぉ……! うわああん!」
「朔太郎様……っ、ぐすっ、ひどい、あんまりですわ……!」
見れば、濡羽と小夜の二人が、着物の裾を泥で汚し、美しい黒髪を乱してボロボロと大粒の涙をこぼしながら走ってくるではないか。普段は強気で勝気な濡羽も、クールで気丈な小夜も、今日ばかりは幼い子どものようにしゃくり上げ、左右から朔太郎の胸へと飛び込んできた。
「お、おい、どうしたんだ二人とも! 怪我はないか!? いったい何があったんだよ!」
朔太郎は慌てて二人の肩を抱きとめ、背中を優しくさすってやった。近くで見ると、濡羽の頬にはうっすらと泥が跳ねており、小夜の着物の袖には小さな石が擦れたような跡がついている。
「うっ、ぐすっ……わ、わらわたちがカラスの姿で、村の近くを飛んでおったらな……人間のガキどもが、いきなり石を投げてきたんじゃ……!」
「『あっち行け、真っ黒で気味が悪い!』って、木の枝を振り回して追いかけ回してきて……っ。私たちが何も悪いことをしていないのに、寄ってたかって虐めるんです……!」
二人は朔太郎の白衣をぎゅっと握りしめ、悔しさと悲しさで小刻みに肩を震わせた。
「なんだって……!? 村の子どもたちが、お前たちを虐めたのか?」
朔太郎の胸の奥で、ふつふつと怒りと使命感が湧き上がってきた。準備不足で頼りない神主とはいえ、自分は烏森神社の主であり、このカラスたちは神社が守るべき大切な神使──そして、今や毎日顔を合わせる大切な女の子たちだ。その二人を泣かせるなど、神主として見過ごすわけにはいかない。
「よし、わかった。二人はここで休んでいろ。俺が村へ行って、連中にガツンと言い聞かせてきてやる!」
「さ、朔太郎……! わ、わらわたちのために怒ってくれるのか……?」
「いや、ダメです、私たちも一緒に行きます! カラスの姿になって、あなたの後ろについていきますから!」
涙を拭った二人は、朔太郎の頼もしい言葉に頬を染め、再びポンッと白煙を上げて二羽の黒ガラスへと姿を変えた。そして、右肩にハシブトガラスの濡羽が、左肩にハシボソガラスの小夜がピタリと止まる。
「よし、行くぞ!」
両肩に二羽のカラスを乗せた若き神主は、竹箒の代わりに威厳を示すための御幣を手に取ると、大股で石段を駆け下りていった。
境内の問答
山を下りて麓の村の広場へ出ると、そこには悪ガキたちの集団と、井戸端会議をしている村の大人たちが集まっていた。子どもたちの手には、まだ小石や木の棒が握られている。
「ちょっと待った、お前たち!」
朔太郎が広場の中央へ進み出て一喝すると、村人たちはギョッとして振り返った。
「おや、烏森の若神主様じゃないか。血相変えてどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないですよ! そこの子どもたち、うちの神社のカラスに石を投げて虐めたそうじゃないか! 神様の御使いに何をするんだ!」
朔太郎が睨みつけると、ガキ大将らしき少年が鼻をすすりながら口を尖らせた。そして、その隣にいた母親や村の大人たちも、バツが悪そうな顔をしながらも口々に不満を漏らし始めた。
「だってよぉ、神主様! カラスなんて真っ黒で不吉だし、なんか怖いんだもん!」
「そうよ、若神主様。あいつら、朝早くから『カァーカァー』『ガァーガァー』っていつもうるさくて安眠妨害なのよ!」
「それに、裏の芥溜めをクチバシで突っつき回して残飯を散らかすしさあ! 軒先に干した魚や干し物までかっさらっていくし、朝の片付けが大変なんだから!」
朔太郎は、両肩で「カァーッ!」「ガァーッ!」と怒りの声を上げている濡羽と小夜をそっとなだめ、村人たちの前にすっくと胸を張った。
「みなさんの言い分もわかります! 確かにカラスは声が大きいし、人間が出した残飯やゴミを漁ってしまうこともあります。ですが、それは人間側が食べ残しを無造作に放置しているからでもあるんです! それに、カラスが本当は人間にとってどれだけ役に立っている『益鳥』なのか、みなさんは知らないんですか!?」
「えっ、益鳥……? カラスがかい?」
村人たちがきょとんと顔を見合わせる。朔太郎はここぞとばかりに、亡き父の書庫で読んだ知識と、ここ数日で二人から教わった知識を総動員して熱弁を振るった。
「そうです! いいですか、まず畑を耕しているみなさん! ハシボソガラスたちは毎日畑を歩いて、農作物を食い荒らすヨトウムシやコガネムシの幼虫といった害虫を、ものすごい数退治してくれているんです! もしカラスがいなくなったら、村の畑はあっという間に虫だらけになってしまいますよ!」
「そ、そういえば……畑の土をほじくってると思ったら、あれは虫を食ってくれてたのか……!」
農夫の一人がハッとしたように頷く。朔太郎の左肩で、小夜が(ふふん、聞いたか!)と言わんばかりに誇らしげに胸の羽毛を膨らませた。
「それだけじゃありません! 森や道端に動物の死骸や腐りかけた食べ物があったとき、ハシブトガラスたちがそれを素早く綺麗に食べて片付けてくれるおかげで、恐ろしい疫病や悪臭が村に広がるのを防いでくれているんです! いわば自然界の頼もしい掃除屋さんなんですよ! さらに、彼らが木の実を食べて遠くへ運ぶことで、新しい森の木々が育つ手助けまでしているんです!」
今度は右肩の濡羽が、ツヤツヤのくちばしを天に向けて得意げに鳴いた。
「なにより、みなさんはこの国の神話を忘れたのですか!」
朔太郎は手にした御幣を高く掲げた。その凛とした声に、大人も子どももゴクリと息を呑む。
「遠い昔、日本の初代天皇である神武天皇が、東征の途中で熊野の険しい山中に迷い込み、進むことも退くこともできなくなったときのことです! 天照大神によって天から遣わされ、神武天皇の軍勢を導いて見事に大和の地まで道案内を果たした偉大な神の鳥──それこそが、太陽の化身とも呼ばれる三本足の聖なるカラス、『八咫烏』なのです!」
「ヤタガラス……! 道案内の神様……!」
「つまりカラスは、不吉な鳥なんかじゃありません! 古来より太陽の使いであり、迷える人々を正しい道へと導く、誇り高き霊鳥なんです! そんな尊い鳥に石を投げるなんて、バチが当たりますよ!」
朔太郎の堂々たる演説が広場に響き渡った。しばらくの沈黙のあと、最初に声を上げたのは、さっきまで石を持っていたガキ大将だった。
「す、すげえ……! カラスって、天皇陛下を道案内した伝説の神様だったのかよ!」
「害虫もやっつけてくれるし、病気も防いでくれるなんて、カラスってめちゃくちゃかっこいいじゃん!」
「ごめんなさい、カラス様! オラたち、何も知らなくて石なんか投げちゃった!」
子どもたちは持っていた石や棒を放り捨てると、目をキラキラと輝かせながら朔太郎の両肩にいる二羽を見上げた。大人たちも「いやあ、若神主様、立派になられて……」「これからはゴミの管理はしっかりして、カラス様に感謝しないとな」と感心したように頭を下げている。
(やったぞ……! 俺、初めて神主らしい仕事ができたんじゃないか!?)
朔太郎がほっと胸をなでおろしたその時。人間の姿に戻りたくてうずうずしているらしい濡羽と小夜が、神主の背後にサッと隠れて美少女の姿に変身すると、ひょっこりと顔を出して子どもたちに得意げな笑みを向けた。
「ふふん! ようやくわらわたちの偉大さがわかったようじゃな、人間の子らよ!」
「まったく、これからはせいぜい敬いなさいよね。……まあ、反省しているなら許してあげなくもないわ」
自分たちを虐めていた子どもたちから一転して尊敬の眼差しを向けられ、二人は鼻高々でふんぞり返っている。「うわあ、カラスのお姉ちゃんたち、綺麗でかっこいい!」と子どもたちに囲まれ、二人のご機嫌は最高潮に達していた。
──だが、悲劇は直後に起きた。
一人の純粋無垢な女の子が、小首をかしげながら、笑顔でこんな質問を投げかけたのである。
「ねえねえ、神主のお兄ちゃん! その伝説の『ヤタガラス』ってさ、ハシブトガラスなの? それともハシボソガラスなの?」
ピシィッ……!
広場の空気が、一瞬にして絶対零度へと凍りついた。
(あ……っ。そ、それは絶対に聞いちゃいけない地雷質問──!)
朔太郎が慌てて口を塞ごうとしたときには、すでに手遅れだった。
濡羽と小夜の顔からスッと笑顔が消え、次の瞬間、二人は鬼のような形相で互いを睨みつけた。
「「もちろん、わらわ(私)たちに決まっておろうが(決まってるでしょ)!!」」
「はあ!? 何を寝ぼけたことを言っておるか、小夜! 神武天皇が迷われたのは熊野の『深い森と山』じゃぞ! 森林を縄張りとし、木々の上を自在に飛び回るわらわたちハシブトガラスこそが、山中の道案内役にふさわしいに決まっておる! この堂々たる体躯、太く立派なくちばしこそ、神の使いたる八咫烏の証じゃ!」
「笑わせないでちょうだい、濡羽! 道案内というのはね、人間の歩みに合わせて先導する高い知性と、開けた土地を見通す目が必要なのよ! さらに言えば、八咫烏の伝説は大陸や朝鮮半島の神話とも深い関わりがあるけれど、ユーラシア大陸で広く『カラス』として親しまれているのは私たちハシボソガラスの仲間なの! 森の奥で木の実ばかりつついている脳筋のハシブトなんかに、緻密なナビゲーションができるわけないでしょ!」
「なんじゃと、このペチャパイ平頭ガラスがぁっ!」
「誰がペチャパイよ、このデブっちょ出っ張りおでこガラス!」
バシィッ! ドゴォッ! ギャアアアアッ!
「うわあああっ、やめろ二人とも! 子どもの前で取っ組み合いの喧嘩をするんじゃない!!」
さっきまでキラキラした目で「カラスかっこいい!」と憧れていた子どもたちの目の前で、二人の美少女は互いの黒髪を引っ張り合い、ほっぺたをつねり合い、地面をゴロゴロと転がりながら泥まみれの取っ組み合いをおっぱじめてしまった。
「……ねえ、母ちゃん。カラスの神様って、いつもあんな風に喧嘩してるの……?」
「し、しーっ! 見ちゃいけません!」
村人たちがドン引きして潮が引くように去っていく中、朔太郎は一人で頭を抱え、夕暮れの空に向かって情けない悲鳴を上げるしかなかったのである。
奥座敷の遺品
亡き父の文箱
その日の夜。
なんとか二人を引き剥がして森の木の上へと帰らせたものの、二人の仲はこれまで以上に険悪になり、「明日からあんなやつのいる境内には降りてやらん!」「こっちこそ、あんたの顔なんて見たくないわ!」と絶交状態になってしまった。
「はあ……。せっかく村人たちとの仲を取り持ったと思ったのに、肝心の神使の二人があれじゃあ、烏森神社の未来はどうなっちゃうんだよ……」
社務所の暗い奥座敷で、行灯の明かりを頼りに一人ため息をつく朔太郎。このまま二羽のカラスが縄張り争いを本格化させれば、境内のカラスたちもハシブト派とハシボソ派に分裂して大戦争になりかねない。
「親父……俺、どうしたらいいんだよ。こんなとき、先代の親父だったらどうやってあいつらをまとめたんだ……?」
弱音を吐きながら、ふと部屋の隅にある古い桐の箪笥に目をやったときだった。箪笥の一番下の引き出しの隙間に、見たことのない赤い封印札が貼られた大きな葛籠と、その上に置かれた一通の文箱があるのに気がついた。
(あれ……? こんなところに葛籠なんてあったか?)
近づいて文箱を手に取ってみると、表には見覚えのある父親の豪快な筆跡で、こう書かれていた。
『愚息・朔太郎へ。カラスどもの喧嘩で困ったことがあったら、これを使え』
「お、親父ぃっ……! まさか、俺がこうなることを見越して遺してくれてたのか!?」
朔太郎は感激に打ち震えながら文箱の紐を解き、中から出てきた巻紙を広げた。そこには、亡き父からの魂のメッセージが綴られていた。
『いいか朔太郎。ハシブトとハシボソというのは、普通に仲良くさせようとしても絶対に無理だ。あいつらは生態もプライドも違いすぎる。人間で言えば、腕っぷしだけを頼りに生きる武士と、理屈と勘定を重んじる商人が一つ屋根の下でマウントを取り合っているようなものだからな。
だが、そんな水と油の二羽が、手を取り合って一致団結する瞬間がただ一つだけある。
それは──共通の「天敵」が現れたときだ。
カラスというのは実に仲間意識が強く、外敵が現れると種の垣根を越えて協力し、集団で追い払おうとする習性(モビング・擬闘)がある。しかも一度ともに死線をくぐり抜けて敵を撃退したカラス同士は、強い絆で結ばれるのだ。
葛籠の中に、わしが若い頃に徹夜で作った秘密兵器が入っておる。箱の封印を解く合言葉は 急急如律令・天敵降臨 だ。これを身にまとい、夜の境内で一肌脱いでこい。ただし、あいつらのくちばしと蹴りは本気になると結構痛いから、気合を入れて挑むように。健闘を祈る』
「……秘密兵器? 天敵……?」
朔太郎はゴクリと唾を飲み込み、葛籠に貼られた封印札に向かって、書かれていた通りに『急急如律令・天敵降臨』と唱えて札を剥がした。そして、重い蓋をギイッと持ち上げる。
中に収められていたのは──大量の茶色と白の羽根がびっしりと縫い付けられた、異様にリアルで巨大な「着ぐるみ」だった。
鋭く曲がった黄色いくちばしの仮面、爛々と輝く金色のガラス玉の目、そして両腕を広げると二メートルはあろうかという巨大な翼と、鋭い鉤爪のついた脚パーツ。さらには声色を低く不気味に響かせるための竹製の集音筒まで内側に仕込まれているという徹底ぶりである。
「こ、これは……猛禽類の大鷹……いや、夜行性のワシミミズクとオオタカを足して二で割ったような、カラスの天敵のコスプレじゃないか!!」
自然界において、知能が高く気性の荒いカラスといえども、自分たちよりはるかに飛翔能力と攻撃力に優れたオオタカやクマタカ、そして夜間に音もなく背後から襲いかかるフクロウやワシミミズクといった大型の猛禽類には強い恐怖心を抱いている。昼間であればカラスが集団で取り囲んでしつこく鳴き立て、追い払うこともあるが、それでも猛禽類がカラスにとって最大の天敵であることに変わりはない。特に夜の闇の中で待ち伏せする大型のフクロウ類は、ねぐらで眠るカラスにとって悪夢そのものなのだ。
「親父……これ、若い頃に徹夜で手作りしたのかよ……。クオリティが妙に高くて怖いんだけど……。というか、先代の頃にも同じようにハシブトとハシボソの美少女が喧嘩して、親父もこれを着て暴れたってことかよ!?」
朔太郎は亡き父の意外すぎる苦労と職人魂に引きつった笑みを浮かべたが、すぐにギュッと唇を引き締めた。
(でも、これしかない! このまま濡羽と小夜が喧嘩別れして、神社からいなくなっちゃうのだけは絶対に嫌だ! あいつらが仲直りしてくれるなら、俺は悪役の天敵にでもなんにでもなって、喜んで一肌脱いでやるぞ!)
神主としての誇り──そして何より、あの騒がしくも愛おしい二人の笑顔をもう一度見たいという一心で、朔太郎は神主装束を脱ぎ捨て、父が遺した猛禽類のコスプレ衣装へと足を踏み入れた。ずっしりとした羽根の重みが肩にのしかかる。仮面を被ると視界は狭くなったが、不思議と胸の奥には熱い勇気が湧き上がっていた。
月夜の黒い翼
その夜更け。月明かりが蒼白く照らす烏森神社の境内で、濡羽と小夜はそれぞれ別の杉の木の根元に座り込み、まだプンプンと頬を膨らませていた。
「ふん……小夜のやつ、今頃どこで寝ておるのじゃろうか。……べ、別に心配などしておらんぞ! ただ、あやつが隣でガミガミ言わぬと、少しばかり夜風が静かすぎて調子が狂うだけじゃ……」
濡羽が膝を抱えてポツリと呟く。一方、拝殿の反対側の木陰にいた小夜も、寂しそうに自分の袖を握りしめていた。
「……言いすぎちゃったかしら。濡羽ったら、ああ見えて意外と寂しがり屋なのに……。でも、あっちが謝ってくるまでは絶対に折れないんだから。……朔太郎様にも、迷惑かけちゃったわね」
互いに素直になれず、気まずい沈黙が境内を包んでいた、その時だった。
バサァッ……! グワッシャアアアアッ!!
突然、社務所の屋根の上から、巨大な影が月を背にして舞い降りた。
「「っ!?」」
濡羽と小夜が同時に弾かれたように顔を上げる。石畳の上に降り立ったのは、見たこともないほど巨大な、茶色い羽毛に覆われた怪鳥──猛禽の化け物だった。金色の目が月光を反射してギラリと光り、太く曲がったくちばしの奥から、くぐもった不気味な声が響く。
『グォォォ……! ワレハ森ノ覇者、オオタカミミズクノ化身ナリ……! コノ神社ノカラスドモヲ、一羽残ラズ食ライツクシテヤルゾォォ……!』
(う、うわあ、筒を咥えて声を変えてみたけど、自分で言っててめちゃくちゃ恥ずかしいぞこれ!!)
着ぐるみの中で滝のような汗を流しながら、必死に両腕の翼をバサバサと広げて威嚇のポーズをとる朔太郎。
しかし、カラスである濡羽と小夜にとって、暗闇に突如現れた巨大猛禽類のインパクトは絶大だった。
「ひっ……! た、鷹の妖怪!? しかも夜の闇に紛れて襲ってくるミミズクの気配まで混ざっておるぞ!」
「くっ……! まさか、私たちが喧嘩して縄張りの警戒が緩んだ隙を突いて、天敵が乗り込んでくるなんて……!」
二人は本能的な恐怖に顔を青ざめさせた。猛禽の怪物は、まず木陰にいた小夜へと狙いを定め、怪しげなステップでズシン、ズシンと歩み寄っていく。
『グワッハッハ! マズハソコノ、頭ガ平ラデ細身ノハシボソガラスカラ、丸呑ミニシテヤロウカァァ!』
「きゃあああっ!」
小夜が恐怖に足を取られて尻餅をつく。怪物の鋭い(張り子の)鉤爪が小夜に迫った、その瞬間だった。
バサッ!
「待てい、この羽毛ダルマめ! 小夜に指一本触れさせはせんぞ!」
黒い着物を翻し、小夜の前に立ち塞がったのは濡羽だった。濡羽は両手を広げて小夜を背後に庇い、金色の目を持つ怪物をキッと睨みつけた。
「ぬ、濡羽……!? どうして私なんかを助けるのよ、あんたは逃げてればいいじゃない!」
「馬鹿を言うでない! お主の頭が平らだろうが歩き方が変だろうが、お主はわらわと同じ烏森の社を守る大切な仲間じゃ! お主に意地悪をしていいのはわらわだけじゃ、こんな得体の知れぬ猛禽風情に食われてたまるか!」
「濡羽……っ!」
小夜の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。そして小夜もすぐさま立ち上がると、濡羽の隣に並び立ち、その手をぎゅっと握りしめた。
「……ええ、その通りよ! この出っ張りおでこのグルメガラスに文句を言っていいのも、世界で私だけなんだから! 行くわよ、濡羽! カラスの誇りにかけて、私たちの神社と朔太郎様を、こんな天敵から守り抜くのよ!」
「おうよ! ハシブトとハシボソが手を組んだときの恐ろしさ、たっぷりと味わわせてやるわ!」
(おおおっ……! す、すごいぞ親父! 本当に二人が手を取り合って仲直りした!!)
着ぐるみの中で感動して涙ぐむ朔太郎だったが、喜んでいる場合ではなかった。
仲直りして気合が最高潮に達した二人のカラス美少女が、妖気を全開にして「モビング(集団追い払い)じゃあああっ!!」と叫びながら、左右から猛スピードで突撃してきたのである。
「く、くらえ天敵! ハシブト流・頭突き攻撃じゃーっ!」
「ハシボソ流・足払いからのくちばし連打よっ!」
『えっ、ちょ、待っ──グギャアアアアッ!?』
本気で天敵を撃退しようと力を合わせた二人の連携攻撃は凄まじかった。濡羽の体当たりでバランスを崩し、小夜の鮮やかな足払いで見事に宙を舞ったオオタカミミズクの着ぐるみは、境内の石畳の上にド派手にひっくり返った。
ドシャアアアンッ! コロコロコロ……パカッ!
衝撃で着ぐるみの頭パーツ(くちばしの仮面)がすっぽりと外れ、石畳の上を転がっていく。
「やったわ、濡羽! 天敵を倒したわよ!」
「ふふん、小夜とのコンビネーション、なかなか悪くなかったぞ! さて、どこの山の妖怪か知らんが、正体を拝んで──」
誇らしげにハイタッチを交わした二人が、仰向けに倒れている着ぐるみの首元を覗き込み──そして、ピタリと固まった。
羽毛まみれの胴体からひょっこりと顔を出していたのは、目を回して「う、うう……仲直りしてくれて、よかったぁ……」と幸せそうに呻いている、彼女たちの愛しい神主・朔太郎だったのである。
「「……へっ?」」
「あ、あれ……仮面が外れちゃったか……。あはは、よ、よお二人とも。すごい連携だったな、痛たたた……」
「さ、朔太郎!? なんでお主が天敵の中に入っておるのじゃ!?」
「まさか……私たちが昼間に大喧嘩して絶交したから、仲直りさせるためにわざと悪役を演じてくれたんですか……!?」
すべてを悟った二人の顔が、月明かりの下でみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
着ぐるみからなんとか這い出した朔太郎は、羽毛だらけの頭をポリポリと掻きながら、照れくさそうに笑った。
「だってよ、お前たち二人が泣いたり怒ったりしてバラバラになっちゃうの、俺はどうしても嫌だったんだ。ハシブトガラスの濡羽も、ハシボソガラスの小夜も、俺にとってはどっちも欠けちゃいけない、烏森神社の大切なパートナーなんだからさ。……だから、もう絶交なんて言うなよな?」
その真っ直ぐで優しい言葉に、濡羽と小夜は顔を見合わせ、やがて観念したようにふっと微笑み合った。
「……まったく、どこまでお人好しで愛い男じゃ。そこまでされたら、もう喧嘩などできぬではないか」
「ええ、本当に……。こんな無茶をする神主様を放っておけないもの、これからは二人で力を合わせて支えてあげないとね」
濡羽と小夜は、まだ地面に座り込んでいる朔太郎の左右から同時に抱きつくと、その両頬に「「ちゅっ」」と柔らかい唇を押し当てた。
「うわあっ!? ふ、二人とも!?」
「ふふっ、お礼じゃよ、朔太郎。……じゃが、仲直りはしたものの、お主の正妻の座だけは小夜にも譲る気はないからのう!」
「あら、それはこっちのセリフよ、濡羽! 天敵は追い払ったんだから、ここからは正々堂々、女の戦いよ!」
「なんじゃと、やるか小夜!」
「望むところよ!」
「あはは……結局、そこはまた争うのかよ!」
月夜の烏森神社に、若き神主の苦笑いと、二羽の美しいカラスたちの賑やかな笑い声が、いつまでも明るく響き渡っていた。
めでたし、めでたし。
