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現代怪談都市伝説埼玉県寄居町荒川鉢形城鐘撞堂山シリアルキラー

血塗られた巨斧の怪人と影渡りの仮面女

避難勧告が鳴り響く荒川の清流と、深夜の深山幽谷で激突する最凶シリアルキラーの都市伝説

画像はイメージです

鉢形を裂く二つの凶刃

『寄居町全域に緊急避難勧告。荒川沿いおよび山間部において、極めて危険な連続凶悪事件が発生しています。住民の皆様は戸締まりを徹底し、不要不急の外出を控えてください。黒いバイクの怪人物、ならびに仮面の不審者を目撃した際は、決して近づかず直ちに通報を──』

夕暮れに染まる寄居よりい町の防災無線から、悲痛なノイズ混じりのアナウンスが響き渡る。
荒川の清流と豊かな山々に囲まれた長閑な町は、いまや恐怖の坩堝と化していた。

町を震撼させる、二大怪奇殺人鬼。

一方は、プロレスラーを優に超える巨躯を黒革のライダースーツに包み、頭部を漆黒のフルフェイスヘルメットで覆った謎の男。
彼の駆る愛車は、この町に大規模工場を構える本田技研工業の息吹を宿した純白と深紅の怪物──ホンダの大型自動二輪である。唸りを上げる重低音のマフラー音は、地獄の業火が吐き出す咆哮そのもの。
警察の包囲網など物ともせず、放たれる銃弾を分厚い鋼鉄のような胸板でことごとく弾き返し、悠然と突破する圧倒的パワー系。
彼が手に携えるのは、巨木をも一撃で両断する無骨極まりない巨大な両刃斧であった。

もう片方は、夜霧のように儚く細身の身体を黒衣に包んだ、技巧派の女殺人鬼。
その素顔は異様な文様が刻まれた白漆喰の仮面で隠され、帯びた武器は月光を吸って妖しく青白く光る鋭利な中国刀。
彼女の能力は物理法則の枠を完全に踏み越えていた。街灯の影、建物の影、揺れる杉の木の影から影へと、まるで墨汁に溶け込むように空間を跳躍し、瞬く間に標的の喉笛を掻っ切っては霧散する。
警察の特殊部隊が暗視スコープで視界に捉えた瞬間には、すでにその背後に立っている。影を自在に泳ぐその姿は、寄居の暗殺伝説を体現する怪異そのものであった。

だが、彼らにはそれぞれ、内に秘めた譲れない矜持があった。

(……この寄居町に、殺人鬼は二人もいらん)
男──フルフェイスの巨漢は、静まり返った夜の国道百四十号線で愛車のスロットルを静かに吹かしながら、心の中でそう呟いた。

(寄居の闇を統べるのは、影の術を継ぐ私一人で十分よ)
女──仮面の影使いは、玉淀たまよどの清流を見下ろす河原の崖の上で、冷たい川風に黒髪をなびかせながら中国刀を静かに鞘へと収めた。

どちらがこの町最強の殺人鬼か。互いの存在を知った二人が激突するのは、もはや必然であった。
二人が選んだ決戦の舞台は、町外れの険しい山奥──鐘撞堂山かねつきどうやまの頂へと至る、街灯一つない深山幽谷の杉林であった。

暗雲垂れ込める頂上決戦

夜風が杉の木々を揺らし、擦れ合う葉がざわめく。
闇の奥から、ズズン……ズズン……と地響きを立てて歩み寄る巨大な影。
フルフェイスヘルメットの奥から覗く双光が、月明かりを反射してぎらりと光る。右肩には、血脂に鈍く光る巨大な斧が担がれていた。

対する木々の影から、すっと音もなく染み出すように現れた細身のシルエット。
白い仮面を付けた女は、すらりとした指先で中国刀の柄に手を掛け、鈴を転がすような、しかし氷のように冷ややかな声で口を開いた。

「よく来たわね、筋肉ゴリラ。愛車のホンダごと八つ裂きにして、その首を秩父鉄道の線路に転がしてあげるわ」

ヘルメット越しに、野太い声が低く地を這うように響く。

「……減らず口を叩くのも今のうちだ、仮面女。その薄っぺらな中国刀ごと、叩き割ってやる」

一触即発の空気が張り詰める。
しかし、ただ刃を交えるだけでは殺人鬼としての格が定まらない。二人は互いに武器を構えたまま、どちらからともなく「実績」の自慢を始めた。

「フン、貴方のような力押しの蛮族に、殺人という名の芸術が理解できて? 私は先月、町を食い荒らしていた悪徳高利貸しの事務所に影から侵入し、警備員を含めた十二人を瞬きの間に仕留めて差し上げたわ。一滴の返り血も浴びずにね」

女は仮面の奥からふふんと鼻を鳴らす。
だが、男も負けじと逞しい胸を張った。

「甘いな。俺は先週、寄居の山林に不法投棄を繰り返していた産業廃棄物マフィアの拠点に真正面から突入した。奴らの放った散弾銃の弾丸を素肌で受け止め、ダンプカーごと事務所を斧で両断して、二十人をまとめてミンチに変えてやったぞ」

「あら、ただの破壊工作じゃない。それに二十人程度で威張らないでくれる? 私はその前の週、荒川の河川敷で暴れていた凶悪半グレ集団三十人の影を縫い止め、全員の首を三分で刈り取ったわ」

「なっ……! 三十人だと……!? だ、だが俺は先々月、隣の深谷から流れてきた武装強盗団四十人を、ホンダのフルスロットル体当たりと斧の一振りで殲滅した!」

「あら嘘おっしゃい! そんな大事件、埼玉のローカルニュースでもやってなかったわよ!」

「地元警察がメンツのために必死に隠蔽したんだよ! 本当だ!」

「見苦しいわね! 口先だけの筋肉ダルマが! だいたい何よその時代遅れのフルフェイスは! 蒸れて禿げるんじゃないの!?」

「な、何だと貴様ぁぁぁっ! ホンダのバイクとフルフェイスへの冒涜は万死に値する!!」

口達者な女の舌鋒に押され、論破されかけた男の血管がブチ切れた。
男は咆哮を上げ、両手で巨大斧を振りかざすと、地響きを立てて猛然と突進した。

「死ねぇぇぇっ!!」

巨木をも断ち割る剛腕の一撃が、夜気を裂いて振り下ろされる。
轟音とともに地面が爆砕し、土煙と破砕された岩石が四方へ飛び散る。
だが、そこに女の姿はなかった。

「遅いわよ、鈍重なゴリラ」

キィィィン……

不気味な気配が背後の木の影から立ち上る。
女はすでに男の背後の影から抜け出ていた。鋭利な中国刀が、月の光を閃かせて男の首筋へと滑り込む。
ガキィィィンッ!
乾いた金属音が響いた。刃は男の強靭極まりない筋肉質の首筋に阻まれ、鮮烈な火花を散らす。

「なっ……!? 刀が通らない……!?」

「フハハハ! 言ったはずだ、生半可な刃物など俺の肉体には通じんと!」

男は身体を鋭く反転させ、裏拳のような豪快な軌道で巨大斧を水平に薙ぎ払った。
嵐のような風圧が周囲の木々をなぎ倒す。女は咄嗟に中国刀の腹で受け流そうとするが、男の常軌を逸した怪力は刀の切っ先を弾き飛ばし、斧の側頭部が女の顔面をかすめた。

パキィィィンッ!

甲高い硬質な割れる音が、静寂の山林に木霊した。
女の顔を覆っていた白漆喰の仮面が、真っ二つに割れて夜露の濡れる草むらへと滑り落ちる。

「あっ……!」

女が咄嗟に顔を手で庇おうとしたが、間に合わなかった。
澄み渡る月明かりが、露わになった彼女の素顔をあますところなく照らし出す。
男の動きが、完全に停止した。

息を呑むような、美しさだった。
透き通るような白磁の肌、しっとりと濡れた黒髪、切れ長の大きな瞳は夜空の星を閉じ込めたように煌めき、桜色の唇はわずかに驚きに開かれている。
冷酷な暗殺者などという言葉からは程遠い、この世のものとは思えない超絶美少女がそこにはいた。

(な……な、何だこの美人は……!? 天使か? 寄居の山奥に舞い降りた天女なのか……!?)

男の頭の中が真っ白になり、握りしめていた斧を取り落としそうになる。
胸の奥で、経験したことのない激しい鼓動がドクン、ドクンと鐘のように鳴り響いた。

一方、女──仮面を割られた彼女もまた、恥ずかしさと屈辱に頬を朱に染めていた。
素顔を見られた暗殺者の掟は一つ。目撃者を消すことのみ。

「よ、よくも私の仮面を……! タダで済むと思わないでッ!!」

女は地を蹴って跳躍し、無防備に硬直している男の頭部目掛けて、渾身の力で中国刀を振り下ろした。
真っ向唐竹割り──!

バギィィィッ!!

刃は男の頑丈な頭蓋骨にまでは届かなかったものの、頭部を覆っていた頑丈なフルフェイスヘルメットのシールドと帽体を真っ二つに叩き割った。
砕け散ったカーボンの破片が宙を舞い、男の素顔が月下に曝け出される。
今度は、女の動きがピタリと止まった。

「……え?」

中国刀を振り切った姿勢のまま、女の瞳が信じられないものを見るように大きく見開かれた。
ヘルメットの下から現れたのは、汗に濡れた艶やかな黒髪と、彫刻のように端正な鼻梁、憂いを帯びた切れ長の涼やかな瞳、そして引き締まった顎のラインを持つ、息を呑むような超絶イケメンだった。
凶悪な殺人鬼の面影など微塵もない。少女漫画の美男子がそのままプロレスラーの肉体を手に入れたかのような、完璧無比の容姿であった。

男は照れたように頬を赤らめ、気まずそうに目を泳がせる。

「あ……あの、仮面を割ってしまって……すみません。その、あまりに綺麗だったので……見とれてしまって……」

その声は、先ほどの野太い威圧感とは打って変わって、どこか甘く澄んだ美声であった。
女の胸が、激しく跳ねた。
トクン、と熱い塊が胸の奥で爆発する。

(な、何この人……!? 体はバキバキの筋肉なのに、顔は信じられないくらいドタイプなんですけど……!?)

互いに武器を構えた姿勢のまま、金縛りに遭ったように見つめ合う二人。
深山を吹き抜ける風が、二人の熱を帯びた吐息を運んでいく。
数秒前まで血で血を洗う殺し合いを繰り広げていたはずの山頂に、突如としてピンク色の甘酸っぱい沈黙が舞い降りていた。

荒川の誓い、そして母の影

「あの……お名前、なんていうんですか?」

鐘撞堂山の山頂。切り株に並んで腰掛けた二人は、互いに真っ赤な顔をして俯いていた。
足元には割れたフルフェイスと割れた仮面が転がっている。

男──剛田ごうだ蓮れんは、もじもじと大きな手を膝の上で弄びながら答えた。

「ご、剛田蓮です……。二十四歳、趣味はホンダのバイクいじりと、寄居のパトロール……じゃなくて、殺しです……」

「わ、私は影森かげもり凛華りんか……二十歳です。趣味は影渡りと、お菓子作り……」

「お菓子作り! す、素敵ですね! 俺、甘いもの大好きで!」

「本当!? じゃあ今度、クッキー焼いてきてあげる!」

「やったぁ! ……あ、いや、失礼しました。殺人鬼たるもの、浮かれてしまって……」

「ううん、私も……蓮さんのこと、すごく素敵だなって思って……」

凛華が上目遣いに蓮を見つめると、蓮の心拍数は一気に跳ね上がった。
お互いに人を殺すか過酷な修行に明け暮れる孤独な人生を送ってきたため、色恋沙汰には免疫が皆無であった。二人が惹かれ合うのに、時間は全くかからなかった。

「蓮さん……私、付き合ってみたいです。蓮さんと」

「ぼ、僕でよければ! 喜んで!!」

こうして、寄居町を震撼させていた二大凶悪殺人鬼は、出会ってわずか三十分で熱々カップルへと変貌を遂げたのであった。

それからの二人の交際は、目を見張るほど順調であった。
蓮の愛車であるホンダの大型バイクに二人乗りして寄居の町を疾走し、風布のミカン狩りに出かけて甘酸っぱいミカンを食べさせ合ったり、鉢形城はちがたじょう跡の歴史ある土塁の周りを手を繋いで散歩したり、名物の豚丼を仲良く分け合ったりと、絵に描いたようなバカップルぶりを発揮していた。
かつて血の雨を降らせていた凶悪犯二人が、週末には手を繋いでデートスポットを巡っているなど、寄居警察署の誰も夢にも思わないだろう。

交際から一ヶ月が経ったある日。荒川の河川敷で夕日を眺めながら、凛華が意を決したように切り出した。

「蓮さん。私、母さんに蓮さんのことを紹介したいの」

「お、お母さんに……!? ご挨拶か……!」

蓮は緊張で巨体を震わせた。相手の親に会うなど、警察の包囲網を突破するよりも何倍も恐ろしい。

「私の家、母子家庭なの。母さんも昔から暗殺の仕事をしていて、ちょっと過保護なところがあるけれど……蓮さんの誠実さを見れば、きっと認めてくれると思うわ」

「わかった。男・剛田蓮、誠心誠意ご挨拶させていただきます!」

蓮は背筋を正し、愛する凛華の母親への挨拶を決意した。
だが、この時の蓮はまだ知らなかった。影森家の母が、娘以上に危険で規格外な存在であることを。

影森家の食卓

寄居の山奥、鬱蒼と茂る竹林の奥にひっそりと佇む影森家の古民家。
玄関の引き戸を開けると、凛華が声を掛けた。

「母さん、連れてきたわよ。私の彼氏の蓮さん」

「いらっしゃ〜い、よく来てくれたわねぇ」

奥の襖が開き、現れた女性を目にした瞬間、蓮は目を丸くした。
そこに立っていたのは、凛華と姉妹と言われても全く疑わない、信じられないほどの若さと妖艶な美貌を誇る美女であった。
艶やかな漆黒の長髪を着物で包み、熟れた果実のような色香を放つ女性──凛華の母、影森静香しずかであった。

「は、初めまして! 剛田蓮と申します!」

蓮が礼儀正しく正座して頭を下げた。
その瞬間、静香の視線が蓮の逞しい肩幅、分厚い胸板、そして顔を上げた瞬間の彫刻のような美貌に吸い寄せられた。
静香の瞳孔がカッと見開かれ、脳内で何かが激しくショートした。

(な……ななな、何この極上の雄はぁぁぁぁぁっっっ!?)

静香の心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
プロレスラー並の分厚い筋肉、引き締まったウエスト、少年のように澄んだ瞳、そして滲み出る圧倒的イケメンオーラ。

(ドストライク! 私の人生四十二年間で出会ったどの男よりも完璧! ギリシャ彫刻が服を着て歩いてきたみたいじゃないの! こんな上玉を、ウブな凛華なんかに独占させてたまるもんですかぁぁぁ!!)

静香の中で、眠っていた肉食獣の魂がメラメラと紅蓮の炎を吹き上げた。

「まあまあ蓮さん、ご丁寧にどうも。私、凛華の母の静香よ。うふふ、とっても素敵な殿方ねぇ……」

静香は妖艶な微笑みを浮かべ、ねっとりと蓮の手を両手で包み込んだ。純情な蓮は真っ赤になって縮こまる。

「ちょっと母さん、馴れ馴れしく触らないで! 蓮さんが困ってるでしょ!」

「あら、母親として娘の彼氏の健康チェックよ。さあさあ、上がってちょうだい」

居間に通された蓮の前に、静香が湯気の立つお茶と上生菓子をうっとりとした手つきで差し出す。

「はいどうぞ、蓮くん。最高級の宇治玉露よぉ。お口に合うかしらぁ?」

「あ、ありがとうございます!」

恐縮する蓮の横で、静香は娘・凛華の前にコト……と別の湯呑みと羊羹を差し出した。

「ほら、凛華。アンタにはこっちよ。一気に飲み干して、すぐ楽におなりなさい」

だが、凛華の鋭い観察眼は見逃さなかった。湯呑みから立ち上る微かな甘い芳香を。

(……猛毒のトリカブトと青酸カリのブレンドね。挨拶に来た初日に実の娘を毒殺しようとするな)

凛華は影の触手を湯呑みの底へ密かに潜り込ませ、毒の成分だけを闇の空間へ吸い込ませると、澄ました顔でお茶を一口すすった。

「結構なお手前で。母さん、ちょっと殺意が煮詰まりすぎてて苦いわよ」

静香の額に青筋がピキリと浮かぶ。

(ちっ、影で毒素を吸い取ったわね……! なら、これでどうかしら!)

静香は足元の畳の下に仕込んだ暗器のスイッチを足の指で踏み込んだ。
ヒュンヒュンヒュンッ!
天井の梁から毒クナイが無数に降り注ぐ! 標的は娘・凛華の頭頂部!
だが凛華は手元の箸を電光石火の早業で閃かせ、カカカンッと全て撃ち落として平然と羊羹を口に運んだ。

「母さん、うちの天井、雨漏りどころか物騒なものが降ってくるわね。リフォームしたら?」

「古い家だから隙間風かしらねぇ〜」

静香は扇子で口元を隠しながらチッと舌打ちをした。
手練れの暗殺者として育てた娘だけに、並の暗殺術では傷一つつけられない。
何も事情を知らない蓮だけが、オロオロと周囲を見渡していた。

「あ、あの……影森家では、これが普通なんですか……?」

「ええ、蓮さん。うちの伝統芸能みたいなものだから気にしないで。……蓮さん、すぐにお茶のおかわりを淹れてくるから、そこでゆっくりくつろいでいてね」
凛華は蓮に向かって愛らしく微笑みかけると、その笑顔を保ったまま、静香の着物の袖を万力のような力加減でぎゅっと掴んだ。
「母さん、ちょっと台所でお茶っ葉の場所を教えてくれる?」
「あらぁ、もちろんいいわよぉ」

蓮を居間に一人残し、母娘二人きりで台所へと移動して襖をピシャリと閉めた瞬間、二人の間に激しい殺気の火花が散った。

「母さん、いい加減にして! 蓮さんは私の彼氏よ! 手を出したら承知しないから!」

「何言ってるの凛華! あんな極上の男、アンタみたいなウブな小娘に扱いきれるわけないでしょ! 男の良さを引き出せるのは、酸いも甘いも噛み分けた大人のいい女──つまりこの私よ! ちょっと死んで席を譲りなさい!」

「絶対に譲らないわよ! 蓮さんは私のものよ!!」

「なら実力行使あるのみね!」

静香の瞳が怪しい紫色に輝いた。
手練れの娘を排除し蓮を我が物とするため、静香は影森家代々封印されてきた禁忌の手段へと手を伸ばした。

突如たる赤き雷雲

その夜、寄居町の夜空は異様な赤紫色の雷雲に覆われていた。

「母さん、どこへ行ったの……?」

古民家の裏庭で、凛華は不穏な気配を感じ取って眉をひそめた。
蓮もただならぬ殺気と魔力を感じ取り、ホンダのバイクから愛用の斧を取り出して構える。

「凛華さん、裏の山からとんでもない邪気が立ち上っている……!」

二人が竹林を抜けて山腹の広場へと駆けつけると、血の魔法陣の中心で静香が魔道書を掲げて呪文を詠唱していた。

Zalgorath... Mortis... Ignis... 我が血を捧げ、地獄の深淵より出でよ! 邪魔な娘を彼方の異次元へと吹き飛ばし、あの逞しきイケメン・蓮くんと私を永久に結びつける都合の良い下僕となりなさい!

「何を馬鹿な呪文を唱えてるのよクソババアッ!!」

凛華の顔がみるみるうちに青ざめていく。
静香が詠唱しているのは、影森家の蔵の最深部に厳重に封印されていた、古代の禁書に記された最凶の召喚術であった。
そこに記されていたのは、都合の良い下僕などという生易しい代物ではない。かつて地獄の深淵から這い出し、幾多の国を一夜にして灰燼に帰せしめたとされる大悪魔──太古の破壊神を現世へ喚び出す呪文なのだ。
影森家代々の当主たちですら「決して紐解いてはならぬ」と恐れてきた代物であり、人間のちっぽけな魔力や精神力で使役・制御できるような存在では断じてない。召喚された瞬間に術者の命すら喰らい尽くされ、周囲のすべてを無差別に焼き滅ぼす、文字通りの破滅の引き金であった。

「正気なの母さん!? それは国一つを灰にする本物の破壊神よ! アンタの色欲ごときで手懐けられるわけないでしょ!!」

凛華が叫んだが遅かった。身勝手な欲望の魔力が許容量を超え、魔法陣が激しく暴走する。

グオオオオオオオオオオッッッ!!

天地を揺るがすような怪異の咆哮が響き渡った。
現れたのは都合の良い下僕などではなく、全身をごうごうと燃え盛る地獄の業火に包み、三つの頭と六つの腕を持つ太古の破壊神──上級悪魔であった!
悪魔が腕を一振りすると熱波の爆風が吹き荒れ、山林が一瞬で蒸発し、荒川の水が沸騰して白煙を上げる。
遠くに見える寄居の市街地、そのおよそ半分が紅蓮の炎に包まれ焦土と化していった。

「きゃあああっ!? 言うこと聞かないじゃないのぉぉ! ちょっと、止めなさいよ悪魔ぁぁぁっ!!」

腰を抜かす静香。悪魔は三つの口から焦熱の火炎弾を寄居町目掛けて放とうとエネルギーを収束させる。直撃すれば町は完全に消滅する!

「あ、あわわわ……どうしよう、寄居が……蓮くんが焼け死んじゃう〜〜〜っ!」

「自業自得でしょこのバカ母!!」

凛華が中国刀を構えるが、悪魔の放つ猛烈な熱波と吹き荒れる業火に阻まれ、間合いを詰めることすらできない。
その時だった。

轟音とともに、地獄の業火を切り裂いて突進してくる一台のバイクがあった。
ホンダの大型マシン──そのシートに跨るのは、上半身のスーツを脱ぎ捨て、鋼鉄の筋肉を剥き出しにした剛田蓮であった!

「俺たちの町を……俺たちの愛する寄居を、これ以上焼き尽くさせるかぁぁぁっ!!」

蓮の咆哮が、雷鳴のように響き渡る。

焦土の決戦

「蓮さんッ!!」

凛華の瞳に希望の光が宿る。蓮は悪魔の足元へとバイクを急停止させ、叫んだ。

「凛華! あの炎と熱風で近づけないなら、俺が盾になって道を切り拓く! 俺の後ろに乗れ!」

「ええ、蓮さん! どこまでも一緒よ!」

凛華は跳躍し、バイクのリアシート──蓮の広い背中の後ろへと飛び乗った。
蓮の胸筋と背筋がリミッターを解除し限界まで膨張。銃弾すら弾く不死身の肉体が、数千度の熱風を素肌で真っ向から受け止め前進する!

「ぐおおおっ……! 熱い……だが凛華を守るためなら、地獄の業火などそよ風に過ぎん!!」

「蓮さん……! 私の影の力を、蓮さんの斧に宿すわ!」

凛華が両手で中国刀を蓮の巨大斧に重ね合わせた。
二人の心が重なり合った瞬間、漆黒の影と紅蓮の闘気が螺旋を描いて渦巻き、巨大な光の刃を形成した。二人の愛の力が、物理法則をも超越する究極の必殺技へと昇華していく。

悪魔が三つの首を振り下ろし、超巨大な火炎弾を二人目掛けて放った。

ヴオオオオオオオオオッ!!

悪魔の凶悪な咆哮。だが、蓮と凛華は一歩も引かなかった。

「いくぞ、凛華!!」

「ええ、蓮くん!!」

ホンダのバイクを踏み台に二人は天空へ跳躍。天高く掲げた巨大斧を渾身の力で振り下ろした。

「「喰らえ! 二人の愛の合体究極奥義────!!」」

「「愛・超絶撃滅唐竹破断斧────ッッッ!!!!」」

振り下ろされた巨大な光の刃は火炎弾を両断し、悪魔の巨躯を脳天から股下まで真っ向唐竹割りに一刀両断した!

轟然たる大爆発とともに悪魔は異次元へと消滅。天を覆っていた暗雲は吹き飛び、満月が焦土の町を優しく照らし出した。
着地した二人は、互いの無事を確かめ合い固く抱き締め合った。

「やったわね、蓮さん……!」

「ああ……凛華が無事で、本当によかった……」

二人は見つめ合い、自然と唇を重ね合わせて甘い口づけを交わした。荒廃した戦場に、二人の愛の勝利を告げる鐘が鳴り響いていた。

一部始終を見ていた静香は、へたり込んだまま呆然としていた。

(……すごい。本物だわ。私の割り込める隙なんて、最初からなかったのね……)

静香は深いため息をつき、しおらしく歩み寄った。

「……私の負けね。身勝手な嫉妬で本当にごめんなさい。二人の愛の深さを見届けたわ。私は身を引いて、良き義母として二人を見守ることにするわね……」

「母さん……わかってくれたのね!」

「お義母さん、ありがとうございます! 俺、一生凛華さんを幸せにします!」

一件落着。全ては丸く収まり、寄居町には平和が戻った──かに見えた。
次の瞬間。

バッ!

「きゃっ!?」

静香は電光石火の身のこなしで凛華を突き飛ばすと、そのまま蓮の逞しい胸板へとダイブし、その太い首筋に腕を絡めつかせた!

「というわけで蓮くん! これからは一つ屋根の下で義母と娘婿の濃厚なスキンシップをたぁ〜っぷり楽しみましょうねぇぇぇん!!」

「ぶへっ!? お、お義母さん!?」

蓮は突如押し付けられた豊満な感触にパニックになり目を白黒させる。

「何ちゃっかり抱きついてんのよこのクソババアッッ!!」

凛華の血管がブチ切れた。顔を真っ赤にして中国刀を引き抜き、母目掛けて猛突進する!

「離れなさいよ! 蓮さんは私の彼氏よ! 義母のポジションに収まるんじゃなかったの!?」

「あらぁ〜? 義母だからこそ可愛い義理の息子の面倒を隅から隅まで見てあげるのが義務よ〜! ほら蓮くん、今夜はお義母さんと一緒に寝ましょうねぇ〜!」

「ぎゃあああ! 助けてくれ凛華さぁぁぁん!!」

「待てコラァァァッ! 成敗してくれるわぁぁぁっ!!」

寄居の山奥、月明かりの下で繰り広げられる、終わりなき愛のドタバタ修羅場劇。
最強の殺人鬼カップルと、懲りない美魔女義母による騒がしい日常は、まだ始まったばかりであった。

めでたし、めでたし。

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