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血塗られた二体の生ける屍

封鎖された七階執務室と地下備品倉庫を血に染める死者蘇生──真夜中のオフィスで若手社員を襲う二大怨霊の狂気

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第一章 薄暮のオフィス

沈黙のフロア

埼玉県さいたま市──夕闇が新都心の高層ビル群を呑み込み、街並みが冷たい群青色に染まる頃、オフィスビルの七階にある営業部のフロアは異様な静寂に包まれていた。
カタカタ、と乾いたキータッチの音だけが、広大な執務室に響き渡る。
島型に並んだデスクの大半はすでに無人で、蛍光灯は経費削減のため中央の数本を除いて消灯されていた。暗がりに沈むパーテーションの影が、まるで長い手足を持つ異形の影法師のようにフロアの隅々へ伸びている。
デスクの端で頭を抱え、深いため息を漏らしたのは、入社二年目の若手社員──佐々木ささき陸りく(二十四)だった。

(どうして……どうしてこんなことになっちゃったんだ……)

陸は怯えた小動物のように小刻みに震えながら、液晶ディスプレイに表示された売上管理表を見つめていた。顔色は紙のように白く、額にはびっしりと冷たい脂汗が滲んでいる。
彼がこれほどまでに追い詰められている理由は、単に月末の残業タスクが山積みになっているせいだけではなかった。
今朝から、同じチームの同期である神崎かんざき美咲みさき(二十四)が無断欠勤を続けていたのだ。連絡は一切つかず、スマートフォンは呼び出し音すら鳴らずに留守番電話サービスへ直結する。美咲が担当するはずだった取引先へのプレゼン資料作成や見積書の発行は、すべて陸のデスクへと押し寄せていた。
しかし、陸が真に怯えている理由は、業務の過密さなどでは断じてない。
彼の胸中には、他人に決して明かすことのできない、冷え切った鉛のような秘密が重くのしかかっていた。

「……佐々木くん。顔色が優れないようだけれど、大丈夫かしら?」

凛とした、氷の結晶を思わせる澄んだ声が背後から降ってきた。
陸が跳び上がって振り返ると、そこには営業第二課を率いる若きエース、氷室ひむろ涼香すずか課長(三十)が立っていた。
仕立ての良いチャコールグレーのパンツスーツを隙なく着こなし、銀フレームの眼鏡の奥から涼やかな瞳が陸を見つめている。社内では「氷の鉄仮面」「ミス・パーフェクト」と畏怖され、一切の妥協を許さない完璧な仕事ぶりで知られるクールビューティーだ。

「ひ、ひ、氷室課長……! だ、大丈夫です、ちょっと集中していただけで……!」
「無理もないわ。神崎さんが無断欠勤なんて前代未聞ですもの。彼女の分のクライアント対応、あなたばかりに負担を背負わせてしまって申し訳ないわね」

氷室は書類の束を整えながら、淡々と冷静な面持ちで告げた。
しかし、その無表情な鉄仮面の下で──彼女の頭脳はまったく別のベクトルで激しく回転していた。

(千載一遇、天が私に授けてくれた最高の好機だわ……!)

実は彼女、仕事においては非の打ち所がない敏腕上司でありながら、私生活における恋愛経験値は完全にゼロ。少女漫画やネットの恋愛指南コラムをバイブルとし、後輩男子である陸に対して、入社初日から密かに激しい熱量で片思いをこじらせていたのである。

(恋愛指南サイト『夜のオフィスで落とす恋愛テクニック三十選』によれば、密室での恐怖体験は脳に強烈な錯覚をもたらす……! 社内でも有名な超絶チキンハートの佐々木くんを適度に怯えさせ、『課長ぉ、怖いですよぉ……!』と泣きつかせて私にしがみつかせる! 恐怖による吊り橋効果で、彼の心は完全に私のもの! 完璧、あまりにも完璧な筋書きだわ……!)

氷室はこの日のために、数ヶ月前から緻密な準備を重ねていた。オフィスのスマート配電盤を私物のタブレットに同期させ、誰もいない会議室や給湯室の死角には、超小型のBluetoothスピーカーを配置済みである。
彼女は白く細い指先をポケットに入れ、スマートフォンの画面をタップした。

暗転の残業劇

パチッ──。
突如、オフィスフロアの中央に灯っていた最後の蛍光灯が、不吉な音を立てて激しく瞬いた。

「ひぃっ!?」
「あら、どうしたのかしら。電圧が不安定ね」

氷室はわざとらしく小首をかしげ、平静を装う。
チカ、チカ、と規則性を失った光がフロアを不気味に明滅させる。影が伸び縮みし、まるでオフィス全体が巨大な怪物の胃袋の中に呑み込まれたかのような錯覚を抱かせた。
陸の呼吸が乱れ始める。彼は周囲の闇を警戒し、爪が食い込むほどデスクの角を握りしめていた。

「か、課長……このビル、何か変な噂とかありませんでしたっけ……?」
「噂? そうね……聞いたことがあるわ。この敷地は昔、古い湿地帯で、名もない行き倒れの遺体が打ち捨てられていたとか……」

氷室はネットの怪談掲示板から適当に拝借した嘘八百を、大真面目な声色で囁いた。
その瞬間、フロアの奥──誰もいないはずの大会議室の方向から、低く湿った物音が這い出してきた。

……ズ……ズズズ…………

何かが重い布を引きずるような、粘りつく音。
氷室が仕掛けたBluetoothスピーカーから流れる、フリー素材の環境ホラー効果音である。人間の耳が本能的な嫌悪感を抱く周波数が選定されていた。

「な、何か引きずるような音が……!?」
「気のせいよ。空調のダクトが鳴っているだけだわ」

氷室は内心で歓喜していた。あと一押しで彼は胸に飛び込んでくる。
ポケットの中で音量を上げると、スピーカーから女の啜り泣くようなノイズが響いた。

……ヒ……ッ…………ギ……ギギ…………

「うわあああっ!!」
「きゃっ!?」

予想以上の反応だった。
陸はデスクを蹴る勢いで跳び退き、猛烈な力で氷室の身体に飛びついてきたのだ。
ドン、と鈍い衝撃とともに陸の額が氷室の胸元に埋まり、両腕が彼女の腰に回される。

「課長! います、絶対に何かいます! あっちの暗がりから、誰かの視線を感じるんです……!」
「さ、佐々木くん……!? 大丈夫よ、私がついているわ……!」

氷室の脳内でファンファーレが鳴り響いた。
至近距離から漂う陸の香り、しがみついてくる温もり。三十年間、ストイックに生きてきた彼女にとって致死量の幸福だった。
このまま優しく抱きしめようとした、その時──自動タイマーを仕掛けていた給湯室のスマート電球が真っ赤に点灯し、段ボール箱が棚から落ちた。

……ドサリ…………

「ひ……ぎぃっ……!? う、うわああああああああっ!!」

陸は叫び声を上げたのではない。狂気じみた悲鳴を喉から絞り出すと、床に崩れ落ちて頭を抱えた。

「すいませんでしたぁぁぁ!! 事故だったんです! まさか死ぬなんて思わなかったんですぅぅぅ!!」
「……え?」

氷室の甘い世界が凍りついた。

「神崎さん……! 美咲さんの怨霊なんですね!? 今朝、僕が突き飛ばして死んじゃったから……倉庫の奥に隠した死体が、僕を呪い殺しに来たんですねえええっ!!」

赤い光が揺れるオフィスに、静寂が落ちた。

第二章 告白と破綻

震える告白

時が止まったかのようだった。
氷室はメガネのブリッジを押し上げ、床で過呼吸を起こしている部下を見下ろした。
頭の中で、言葉の意味を処理するためのCPUが猛烈なエラー音を立てている。

「……佐々木くん。何を言っているの? 神崎さんが死んだ? あなたが殺した……?」
「そ、そうなんです……!」

陸は過呼吸気味に涙を流しながら叫んだ。

「今朝、早く出社したら神崎さんが来て……『佐々木くん、ずっと言いたかったの』ってすごい形相で迫ってきたんです! ネクタイを引っ張られて押し倒されそうになって、怖くて突き飛ばしたら、神崎さんが足を滑らせてフロアの消火栓の角に後頭部を強打して……!」
「消火栓の角……?」
「ドスッてすごい音がして、血が広がって、息も止まってて……! パニックになって、地下倉庫の大型シュレッダーの空き箱に隠して、ガムテープでぐるぐる巻きにしたんですぅぅぅ!!」

陸は床に突っ伏して号泣した。
正常な人間であれば、即座に警察へ通報するか自首を促す場面だ。
しかし、氷室涼香という女の思考回路は、常人のそれとは根底から異なっていた。

歪んだ救済

(待って……?)

氷室の脳内で、思考エンジンが猛烈な勢いで再起動した。

(佐々木くんは不可抗力の事故で過失を犯した被害者よ。そして今、極限の恐怖と孤独の中にいる。そんな彼を救えるのは誰? 世界中で、たった一人──彼を愛するこの私だけ……!)

眼鏡の奥で、瞳が妖しく光る。

(私が死体を完璧に隠蔽すれば、私は彼の命の恩人。それどころか、一生解けない『共犯者』になれる……! 死体損壊罪も死体遺棄罪も法定刑は三年以下、初犯で情状酌量なら執行猶予……いえ、そもそも見つからなければ罪にすら問われない! 共犯関係──それは結婚の誓いよりも強固な絆! 一生、彼は私から離れられないわ……!)

「ふふ……ふふふ……」
「か、課長……? どうして笑ってるんですか……?」

陸が恐る恐る見上げると、そこには聖母の慈愛と底知れぬ狂気を湛えた氷室の笑顔があった。
氷室は陸の前に跪き、涙をハンカチで拭った。

「落ち着きなさい、佐々木くん。あなたは悪くないわ。私が全部、隠蔽してあげる」
「えっ……!?」
「防犯カメラの映像はサーバー室でループに書き換えるわ。スマートフォンは荒川に沈め、死体は山奥の私の実家の私有地に埋める。だから泣くのはやめなさい。死体は地下倉庫ね? 今すぐ運び出すわよ!」
「か、課長……!? 犯罪ですよ!」
「あなたのためなら刑法の一条や二条くらい踏み越えてみせるわ! 行くわよ!」

愛の力で倫理観を消し飛ばした氷室は、陸の手を引いて立ち上がった。

第三章 蠢く闇

空白の安置所

二人は非常階段を駆け下り、地下の備品倉庫へ向かった。
鉄扉には古びた注意書きが貼られている。

関係者以外立ち入り禁止

※夜間の単独作業は厳禁

埃とカビ、そして饐えた匂いが充満する倉庫の奥、陸が震える指で大型の段ボール箱を指差した。

「あ、あれです……!」

二人が近づいた瞬間、氷室が眉を寄せた。
箱に巻かれていた茶色のガムテープが、内側から鋭い爪で引き裂かれたように破れていたのだ。

「佐々木くん、テープをちゃんと貼ったの?」
「三往復くらいぐるぐる巻きにしました……!」

氷室がおそるおそる蓋を開けた。
中には──何もなかった。
赤黒い血痕と緩衝材だけが残され、死体は忽然と消え失せていた。

「空っぽよ……」
「そ、そんな馬鹿な!? 息は止まってたのに……!」

ふと見ると、床に点々と続くものがあった。
裸足の足跡だ。赤黒い粘液を引いた足跡が、倉庫の奥深い暗闇へと伸びている。

……ペタ……ペタ……ペタ…………

闇の底から、肉が床を打つ音が響いてきた。

蘇生した同僚

スチールラックの影から、ゆっくりと姿を現した影。
神崎美咲だった。
だが、その姿は生者ではなかった。
服は泥と血にまみれ、首はあり得ない角度に折れ曲がっている。割れた後頭部から固まった血が髪に絡みつき、肌は土気色に濁っていた。

「か……神崎……さん……?」

美咲の白目は濁り、喉から低周波の唸り声が漏れる。傷口からは黒い靄が立ち上っていた。
さいたま市の古い土着の怪異か、あるいは妄執が呼んだ奇跡か──彼女は正真正銘の「ゾンビ」として蘇っていた。

「……サ……サキ……く……ん……!」

濁った瞳が陸を捉えた。

「好……き……! ずっと好きだった……離さない……いっしょに地獄へ……死んでぇぇぇ!」

「ぎゃあああああっ!!」

陸が絶叫する。今朝、美咲が襲いかかってきた理由──それは彼女もまた陸に狂気的な想いを寄せていたからだった。

「ちょっと! 私の部下に何を言っているの!?」

氷室が割って入った。だが、ゾンビの怪力は常軌を逸していた。

「邪魔ァァァッ!!」

美咲は氷室を押し倒し、馬乗りになった。裂けた口から腐敗臭と鉄の匂いが吹きつける。

「やめなさい! 懲戒解雇にするわよ──」

グチャリ。

鈍い音とともに、美咲の鋭い牙が氷室の首筋に深々と突き刺さった。
鮮血が噴き出し、床を赤く染める。

「あああああっ!?」
「課長ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

第四章 亡者たちの求愛

逃走と迎撃

「う、嘘だろ……課長ぉぉぉっ!?」

氷室は激しく痙攣し、瞳から光を失っていった。
美咲は血にまみれた唇を歪め、陸へと向き直る。

「……佐々木くん……邪魔者は消したわ……永遠に一緒よ……」

「来るなあああああっ!!」

陸は足元にあった大型消火器を両手で掴み、無我夢中で振り回した。

ドゴォォォンッ!!

「ギャアッ!?」

側頭部に直撃を受けた美咲が吹き飛ぶ。陸はすかさず安全ピンを抜き、レバーを引いた。

プシャアアアアアッッ!!

白い消火粉末が美咲の顔面を直撃する。

「目……目がぁぁぁっ!!」

「ごめんなさい! でも死にたくないんですぅぅぅ!!」

陸は消火器を投げ捨て、階段室へと駆け戻り、必死で上を目指した。
背後からは怒り狂った美咲の足音が迫ってくる。

封鎖された出口

一階の扉は夜間ロックで作動しない。唯一の脱出路は、七階オフィス奥の非常用避難梯子だけだった。
息を切らして七階へ飛び込み、誘導灯目掛けて疾走する。
あと少しで逃げ切れる──そう確信した陸の前に、靴音が響いた。

カツン。

非常口の前に、影が立ちふさがった。
血まみれのチャコールグレーのスーツ。斜めに歪んだ銀縁眼鏡。首の傷口から黒い靄を噴き出させた姿。

「か……課長……!?」

「……ササキ……クン…………」

氷室涼香だった。
ゾンビに噛まれた人間は、自らもまたゾンビと化す──。
映画やゲームの中だけのフィクションだと思っていたお約束が、まさかこの現実世界で、しかも自分の敬愛する上司にそのまま適用されてしまうとは誰が想像できただろうか。こんな理不尽極まりないホラー映画の法則を、陸は心の底から呪った。
そして背後からは、階段室の扉を蹴破った美咲が突進してくる。
前後を挟まれた。逃げ場はない。

「神様……もうダメだ、食い殺されるぅぅぅっ!!」

陸は床にへたり込み、頭を抱えて目を閉じた。

第五章 混沌の決着

醜悪なる愛憎

だが、激痛は来なかった。

シュッ──。

風を切る音とともに、何かが陸の頭上を飛び越えた。

「シャァァァッ!!」

氷室が陸を飛び越し、突進してきた美咲へ猛烈なフライングラリアットを叩き込んだのだ。

ドガァァァンッ!!

「ギニャァッ!?」

コピー機に激突する美咲。氷室はマウントポジションを取り、美咲の胸ぐらを掴んだ。

「ウガァァァ!(泥棒猫! 佐々木くんは私の部下よ! 私のものよ!)」

咆哮に混じる感情は明確だった。美咲も牙を剥いて噛みつき返す。

「ガァァァ!(私の方が先に告白したのよ! 地獄へ連れて行くのは私よ!)」

「グガァァッ!(私の純情を邪魔する奴は八つ裂きにしてミンチにしてやるわ!)」

「な、何なんだよこれえええっ!?」

パーテーションがなぎ倒され、書類が舞い散る中、二体のゾンビは髪を引っ張り合い、互いの顔面を拳で殴り合う。身も心も汚いキャットファイトだった。

絶叫の真実

血と肉片が舞い散る地獄絵図。
極限の恐怖と理不尽さに耐えかね、陸のリミッターが完全に崩壊した。

「やめろ……やめてくれぇぇぇぇっ!!」

陸は立ち上がり、両耳を塞ぎながら、腹の底から絶叫した。

「やめてくれええっ! 僕を巡って争うなあああっ!!」

ゾンビが取っ組み合ったまま静止する。だが、陸の叫びは止まらない。極限の人間は、墓場まで持っていくべき最悪の本音をぶちまけてしまうのだ。

「そもそも二人とも、僕のタイプじゃねえんだよぉぉぉぉぉっ!!!」

甲高い悲鳴がオフィスを揺るがす。

「僕が本当に好きなのは──経理部の桃瀬ももせ結衣ゆいちゃん(二十一歳・新卒)なんだよぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

蘇る理性

──シーン。

静寂が訪れた。舞い散っていた書類が、ハラハラと静かに床へ落ちる。
二体のゾンビがピタリと静止した。
氷室の手が緩み、美咲の口が半開きになる。二人はゆっくり視線を交わし、揃って陸を見つめた。

「……は?」
「……経理部の……あの子……?」

美咲が呟き、濁った瞳に光が戻る。

「……先週入ったばっかりの……あの子……? ふわふわしたカーディガン着て……『佐々木さぁん教えてくださぁい』とか言ってた……あの子……?」

氷室の眼鏡の奥に、氷の刃のような鋭利な光が宿った。
三十年の処女人生を賭けた愛も、死を超越した執着も、全てが「二十一歳新卒狙い」という俗物的な本音に踏みにじられたのだ。
怒りのシナプスが凄まじい火花を散らして接続された。

パキィィィン!!

黒い靄が吹き飛び、二人の青白い肌に強烈な血色が蘇る。死体を突き動かしていたおぞましい怨念や不浄な霊気すらも、女の底知れぬ憤怒の熱量が一瞬にして綺麗サッパリ祓い清めてしまったのだ。

「……ちょっと、佐々木くん。──今……なんて言ったかしら?」

氷室が立ち上がり、冷徹な手つきで眼鏡を直した。

「私の好意を袖にして突き飛ばした挙句、新卒狙い……?」

美咲も立ち上がり、白い粉を払う。その瞳には凍てつく殺意があった。

「あ、あれ……? 二人とも、正気に戻ってよかった……」
「黙りなさい。言い訳は会議室で聞くわ」

氷室は陸を一瞥して冷たく切り捨てると、美咲のほうへゆっくりと視線を向けた。

「神崎さん。社内の風紀を乱し、新入社員に不純な企みを抱くなど、就業規則違反と思わないかしら?」
「完全に同意します課長。むしろ犯罪です。朝までたっぷり指導が必要ですね」

美咲は首をゴキリと鳴らし、氷のように冷え切った眼差しを陸へと突き刺した。

「ていうか、マジで目が覚めました。私、こんなペラッペラの粗大ゴミに執着して一回死んだとか、前世含めて最大の黒歴史なんですけど。顔が良いだけの無能が、調子乗って若いエキス吸おうとしてんじゃないわよ」
「奇遇ね、私もよ」

氷室もまた、ゴミを見るような視線で小さく鼻を鳴らした。

「情状酌量だの共犯関係だの、一瞬でも脳のリソースを割いた自分が心底おぞましいわ。業務用のシュレッダーに頭から突っ込んで記憶ごと裁断したいレベルよ。身の程知らずにも程があるわね」
「ついでに社内イントラで全社員に注意喚起の一斉メール流しましょう。件名は『有害生物の駆除と新卒の安全確保について』で」
「いいアイデアね。桃瀬さんには明日一番で『視界に入れるだけで業務効率が著しく低下する害虫』として厳重に注意喚起しておくわ」
「ひぃぃっ!? た、助けてぇぇぇっ!!」

陸の情けない悲鳴など完全に無視し、二人は息の合った手際で左右から腕をロックした。怪異の腕力とエリート上司の拘束術が融合した万力のような締め上げに、逃げ場など微塵もない。

「みっともなく喚いている暇があるなら、始末書の構成でも考えなさい」
「安心してください佐々木くん、朝の定時までたっぷり時間はありますから」

ズルズルと足を引きずられ、怪異よりも恐ろしい形相の二人に挟まれた陸は、暗黒の会議室へと引きずり込まれていった。

バタン──。

扉が乱暴に閉ざされ、冷たい金属音とともに重い鍵が回された。

めでたし、めでたし。

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