『すべての希望を捨てよ、汝らここに入るもの』
──ダンテ・アリギエーリ著『神曲』地獄篇第三歌より抜粋。なお、現代の受験生における「ここ」とは、紛れもなく冬季講習直前の進学高校および模試会場を指すものとする(個人の感想です)。
藤の木園町の二階建て・午前七時半の階段
富山県富山市藤の木園町。立山連峰から吹き下ろす冷たい風が住宅街の屋根を撫でる十一月の朝、我が家の二階廊下には不穏な静寂が満ちていた。
「小春ー! いい加減に起きなさい! 今日は全国記述模試の判定面談がある日でしょうが!」
階下のリビングから、母の容赦ない怒号が飛んでくる。
私こと白石小春、十八歳、高校三年生。目下の悩みは、赤本を開くと五分以内に網膜が文字を拒絶して睡魔に襲われるという原因不明の奇病(別名・受験うつ一歩手前の現実逃避)である。
(行きたくない……絶対に学校へ行きたくない……!)
机の上には、英語長文読解の問題集と、日本史の用語集、そして判定欄に堂々と印字された『E』のアルファベット。スマホの画面には、07:32 模試面談まであと58分という無慈悲なデジタル文字が光っている。
このまま制服に着替えて階段を下りれば、待っているのは担任教師からの「白石、今のままだと第一志望どころか滑り止めも危ないぞ」という地獄の宣告だ。
仮病は先週「突発性腹痛」で使い果たした。熱もない。となれば、残された選択肢はただ一つ。
(今日という日のために、私は過去三ヶ月間、受験勉強をそっちのけで準備してきたんじゃないか……!)
私はベッドから跳ね起きると、制服ではなく白いゆったりとしたコットンパジャマのまま、鏡の前で目の下に紫色のアイシャドウを塗りたくった。さらに髪を振り乱し、スマホをパジャマのポケットに突っ込んで深呼吸をひとつ。
毎日風呂上がりに柔軟体操と体幹トレーニングを積み重ねてきた成果を、今こそ解放する時だ。
「あんた、まだ降りてこないの!? お父さんももう出勤するわよ!」
階段の下に母と父の気配が近づいてくる。
私は二階の階段踊り場に立つと、ゆっくりと上体を後ろへ反らせた。腰の骨が鳴り、両手のひらが床に着く。完璧なブリッジの体勢である。
ダダダダダダダダダッ!!
「な、なんの音だ!?」
「ちょっと小春、階段で何を──ひぃっ!?」
母の悲鳴が玄関ホールに木霊した。
目の前に現れたのは、背中を床に向け、腹を天井に突き出し、首を後ろへ反らして逆さまの顔で白目を剥きながら、驚異的なスピードで階段を四足歩行(逆向き)で駆け下りてくる娘の姿である。
「エゴ・スム・レギオー……! クィア・ムルティ・スムス……!」
私はブリッジの体勢のまま玄関マットの上で急ブレーキをかけ、首をガクガクと揺らしながら、可能な限り低いダミ声でラテン語を唸り上げた。
「お、お父さん! 小春が! 小春が裏返って降りてきたわよ!!」
「こ、小春!? おい、どうしたんだその姿勢は! 腰痛めるぞ!」
パニックに陥る両親を前に、私は内心でガッツポーズを決めていた。
(よし、掴みはバッチリ! ちなみに今私が叫んだ『エゴ・スム・レギオー、クィア・ムルティ・スムス』は、新約聖書のマルコによる福音書第五章九節に登場する有名なラテン語フレーズ『我が名はレギオン、我々は数多いゆえに』よ! エクソシスト映画の定番中の定番だけど、発音を古典ラテン語式と教会ラテン語式で微妙に混ぜることで、時代を超えて彷徨う悪魔のハイブリッド感を演出してみたわ!)
もちろん、そんな解説を口に出すわけにはいかない。私はブリッジのまま器用に片足を上げ、さらに不気味な笑みを浮かべてみせた。
「ディー・インモルターレス……! ラシャーテ・オニ・スペランツァ、ヴォイ・ケントラーテ……! 我が魂はすでに第九圏、氷地獄の底にて裏切り者ユダと共に噛み砕かれし者なり……!」
「な、なんか外国語を喋ってるわ!? 小春、英語の模試でもC判定だったのに!!」
「いや待て母さん、これは英語じゃない! なんかこう、もっとヨーロッパの古いお寺とかで聞くやつだ!」
(ふふふ、お父さん惜しい! 前半はラテン語で、後半の『ラシャーテ・オニ・スペランツァ』は十四世紀イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリがトスカーナ方言で記した『神曲』地獄篇の原文よ! 地獄はすり鉢状の九つの圏に分かれていて、最下層の第九圏は炎ではなく、ルシファーの六枚の羽根が巻き起こす冷風によって凍りついた氷の湖なの! 悪魔憑きの演技をするなら、単なる唸り声じゃなくて中世神学と悪魔学の教養を散りばめるのがリアリティの秘訣ってわけ!)
私が赤本の下に隠して読破した『中世ヨーロッパ悪魔学大全』『ソロモンの小さな鍵(ゲーティア)完全解説』『バチカン公式エクソシズム儀礼書ラテン語対訳』の知識が、今ここで火を噴いていた。その情熱の十分の一でも英語と日本史に向けていれば模試の判定はAだったに違いないが、人間とは追い詰められた時にこそ斜め上の努力を発揮する生き物なのである。
「ギャルルルル……! ワレハ、ナナジュウニノ、ハシラノ、ヒトツ……! ガッコウヘ、イケバ、コノムスメノ、タマシイヲ、クイコロスゾ……!」
「が、学校へ行けば魂を食い殺す!? どういうことなの、お父さん!」
「し、静まれ! とにかく今日は学校に連絡して休ませよう! だが普通の病院じゃダメだ……これは、テレビで見たことがあるぞ。悪魔憑きだ!!」
(やったー!! 学校欠席確定!! ありがとう悪魔学、ありがとうダンテ!)
私は床の上でブリッジを解き、いかにも「悪魔に体を乗っ取られて気絶しました」という風情で白目を剥いてぐったりと倒れ込んだ。これで両親が仕事に出かければ、昼過ぎまでこたつでぬくぬくと動画を見放題である。
──しかし、この時の私は計算違いをしていた。
我が白石家の両親が、娘を愛するあまり、斜め上の行動力を持っているということを。
和室の結界・午後二時
目が覚めると、私は一階の和室で布団に寝かされていた。
(あれ……なんだか部屋が薄暗いし、お線香じゃなくて、ハーブみたいな独特の匂いがする……)
鼻腔をくすぐるのは、フランキンセンス(乳香)とミルラ(没薬)を焚いたような、甘く重厚な薫香の香りだ。カトリックや東方正教会の儀式で空間を浄化する際に使われる伝統的なお香である。
うっすらと目を開けた私は、枕元に立つ人物を見て息を呑んだ。
黒いカソック(司祭服)の上に紫色のストールを掛け、首から重厚な銀のロザリオを下げた、白髪と長い顎髭の老人。年の頃は七十代後半だろうか。顔には深い皺が刻まれ、片目には凄まじい迫力の傷跡が走っている。
「おお、九十九先生! 娘が目を開けました!」
襖の隙間から、会社を休んだらしい父と母が涙目で覗き込んでいた。
「下がっていなさい。ここからは神聖なる領域じゃ」
老人は低く渋い声で両親を制すると、鋭い眼光で私を見下ろした。
その瞬間、私の脳内データベースが高速回転を始める。
(ちょっと待って……九十九先生!? まさか、岐阜県の飛騨高山を拠点に活動し、かつてヨーロッパの聖庁からも一目置かれたという伝説の老エクソシスト、九十九源蔵!? ネットのオカルト掲示板と悪魔学の専門誌で名前を見たことがあるわ! 三十年前に飛騨の山奥で本物の悪魔を退治したっていう、日本エクソシスト界の重鎮じゃない!! お父さんたち、富山市からわざわざ国道四十一号線を南下して飛騨高山まで車飛ばして呼んできたの!?)
「むう……なんという禍々しい気配じゃ。部屋の隅々まで、地獄の冷気が澱んでおるわい」
(いやそれ、普段使わない北側の和室でお父さんたちが暖房をつけ忘れてるから、十一月の底冷えと隙間風が入ってきてるだけです!)
私が内心でツッコミを入れるものの、もう今さら「実は模試の面談が嫌でブリッジしてました」などと白状できる空気ではない。飛騨高山から特急料金で呼ばれたであろう老大家の前でそんなことを言えば、悪魔の代わりに母の怒りの鉄拳が私を地獄へ叩き落とすだろう。
(こうなったら、適度に暴れて、適度に聖水を浴びて、「ああっ、悪魔が浄化されましたー!」って感じで円満解決するしかないわね!)
私は再び目をカッと見開き、布団の上で海老反りになって唸り声を上げた。
「グオオオ……! 老いぼれの聖職者よ、我を誰と心得る……! 『アブラメリンの書』に記されし四方の君主が一角、あるいは『偽りの王国』にて六十六の軍団を率いる大侯爵の眷属なるぞ……!」
「な、なんじゃと……!?」
九十九源蔵の顔色が、目に見えて蒼白になった。
(あれ? ちょっと専門用語を盛りすぎたかしら? ちなみに『アブラメリンの書』は十五世紀の魔術書で、ルシファー、レヴィアタン、サタン、ベリアルの四大君主を定義した重要な文献よ! そして『偽りの王国(プセウドモナルキア・デーモヌム)』は十六世紀の医師ヨーハン・ヴァイヤーが著した悪魔の目録で、後のソロモン七十二柱の原型になったの! これくらい言っておけば、プロっぽくて納得してくれるでしょ!)
ところが、源蔵は震える手で懐から古い羊皮紙の手帳を取り出し、額に脂汗を浮かべて呟いた。
「完璧な古典ラテン語のイントネーション……さらにヴァイヤーの悪魔学体系とアブラメリン魔術の双方に通じる自己定義……! ただの低級霊や動物霊ではない。まさか、三十年前、わしが飛騨の鍾乳洞で封印し損ねて取り逃がした高位悪魔……『虚言と傲慢の大侯爵・バル・ゼファル』が、時を経てこの少女の肉体に受肉したというのか……!!」
(えっ、誰それ!? バル・ゼファル!? ちょっとおじいちゃん、私が言ったのは一般的な悪魔学の教養のつぎはぎであって、特定の誰かのことじゃないんだけど!?)
しかし、一度火がついた老エクソシストの思い込みは止まらなかった。
かつて本物の悪魔と対峙した経験があるからこそ、私の「学者レベルの無駄に正確な悪魔学知識」と「三ヶ月間鍛え上げたブリッジの身体能力」が、彼のトラウマと完全に合致してしまったのである。
「くっ……! バル・ゼファルめ、少女の魂を人質に取るとは卑劣な! だが、わしとて三十年間ただ老いたわけではないわ!」
源蔵は懐から銀の十字架を取り出し、私の額のすぐ前に突きつけた。
「『エクソルシゾ・テ、オムニス・スピリトゥス・インムンドゥス』……! 神の御名において命ずる、汚れたる霊よ、この娘から立ち去れいっ!!」
源蔵が気合とともに、小瓶に入った聖水を私の顔面にバシャッ!と振りかけた。
(つっめた!! えっ、待って、今ここで「ぎゃー!浄化されるー!」ってやるべき? でもこのおじいちゃん、さっきから『バル・ゼファル』とかいう超大物悪魔だと決めつけてるし、聖水一発で簡単に除霊されたら「あれ? 大侯爵のくせに弱すぎない? さては演技だな?」ってバレるんじゃない!?)
受験生の浅知恵が、さらなる悲劇を生んだ。
「大物悪魔なら聖水一発では倒れないはず」という妙なリアリティ追求心が働いた私は、顔にかかった聖水(ただの冷たい水)をペロッと舌で舐め、ニヤリと不敵に笑ってみせたのである。
「ククク……ヌルいぞ、老いぼれ。バチカンが一九九九年に改訂した新しい『エクソシズム儀礼書』ではなく、一六一四年の旧ローマ儀式書に基づく古臭い祈祷文とはな……だが、今の聖水は少しばかり塩の配合が足りないのではないか? そもそもエクソシズムに使われる聖水とは、単なる水ではなく『祓魔の塩』を十字の形に三度振り入れて祝福した混合水のはずだが……これではまるで富山の美味しい天然水のようだな……!」
(だって本当に冷たいただの水なんだもん! 悪魔に憑かれてない健康な十八歳の肌に聖水かけたって、ジュッとも言わないし煙も出ないわよ!)
だが、その言葉は九十九源蔵のプライドと自信を木っ端微塵に粉砕する致命傷となった。
「ば、馬鹿な……!! わしがバチカンの高位司祭から直接譲り受けた最高純度の聖水を、まるで天然水のように味わい、あまつさえ一六一四年版の祈祷文の癖と塩の配合比まで見抜くとは……!!」
カラン、と乾いた音を立てて、源蔵の手から銀の十字架が畳の上に落ちた。
老人は膝から崩れ落ち、わなわなと白髭を震わせた。
「全く効いておらん……かすり傷ひとつ負わせておらんわい……! わしの五十年間の修練は、いったい何じゃったのじゃ……!」
(あ、あれ? おじいちゃん!? なんか目から光が消えてるんですけど!?)
「ご、ご家族の方……」
源蔵が襖の方を向いて、魂の抜けたような声で言った。
「……わしは今日限りで、エクソシストを引退しますじゃ」
「「えっ!?」」
両親の声と、私の心の声が完全にハモった。
「飛騨の九十九と呼ばれ、天狗になっておったわしには、この娘さんに巣食う大侯爵バル・ゼファルを祓う力はない……! もはやわしのような老兵の時代ではないのじゃ……!」
(ちょ、ちょっと待ってよー!! 私が学校サボりたくて悪魔学の豆知識を披露したせいで、日本エクソシスト界の重鎮が引退しちゃうの!?)
なお、後になって知ることになるのだが、この日、富山市藤の木園町の一般家庭で九十九源蔵が突如として引退を宣言したニュースは、その日の夕方には国内の退魔組織および欧州の聖庁支部にまで駆け巡り、長らく保たれていた『人間界のエクソシスト協会』と『闇の眷属』とのパワーバランスを根底から揺るがす歴史的事件の引き金となったのである──もちろん、布団の上で目を白黒させている私に知る由もなかったが。
一階の居間・午後四時
「しかし、このまま娘さんを見捨てるわけにはいかん。わしの一門の弟子たちを全員ここへ呼び寄せた。総力戦で挑むほかあるまい……!」
それから二時間後。
白石家の居間には、黒いスーツや司祭服に身を包んだ男女七人のエクソシストたちが集結していた。全員が源蔵の弟子たちだという。
しかし、居間の空気はまるでお通夜のように重苦しかった。
「し、師匠……本当にあの九十九師匠の聖水と十字架が、まるで水鉄砲のように無効化されたのですか……?」
「うむ。しかもあやつは、一六一四年版のローマ儀式書の構造を瞬時に分析し、ダンテの氷地獄やヴァイヤーの悪魔学を嘲笑いながら引用するほどの知性を持っておる。間違いなく地獄の宮廷でも最上位に位置する大侯爵クラスじゃ……」
弟子たちは、少し開いた和室の襖の隙間から、(どうしよう、早く帰ってくれないかな)と体育座りをしている私の姿を見て、ガタガタと震え上がった。
「む、無理ですよ師匠! 師匠ですら歯が立たない大悪魔なんて、僕たち中級エクソシストが束になっても五秒で魂を喰われます!」
「私にはまだ小学生の娘がいるんです! 勘弁してください!」
「バチカン本部に特級エクソシストの派遣を要請しましょう! 書類審査に三ヶ月かかりますけど!」
弟子たちが次々と尻込みし、居間の隅へと後ずさりしていく。
(いや、三ヶ月も待たされたら私、受験どころか卒業式まで悪魔憑きのままになっちゃうんだけど!? 誰か適当に「エイッ!」ってやってくれれば、今度こそ「グワーッ!やられたー!」って倒れてあげるから! 誰でもいいから前に出てきてよー!)
私が襖の隙間から必死の念を送っていた、まさにその時だった。
「──俺が行きます、師匠!」
凛とした、よく通るバリトンボイスが居間に響いた。
全員が振り返る。そこに立っていたのは、一番後ろの廊下側で待機していた長身の青年だった。
「よ、よさんか一条蓮! お前は入門してまだ二年、実技試験も先月ようやく仮合格したばかりのひよっこじゃぞ! 聖句の暗唱すら時々噛むお前が、大侯爵に勝てるわけがなかろう!」
「確かに俺の実力はまだ未熟です! ラテン語のテストも赤点ギリギリでした! ですが、目の前で苦しんでいる少女を見捨てて逃げるなんて、エクソシストの名折れです!」
青年──一条蓮と呼ばれた彼が、決意に満ちた足取りで和室へと踏み込んできた。
窓から差し込む夕陽に照らされた彼の顔を見た瞬間。
(…………えっ?)
私の心臓が、ブリッジで階段を駆け下りた時以上の激しい音を立てて跳ね上がった。
黒髪がさらりと揺れる涼しげな目元。高く通った鼻筋。少し不器用そうに引き結ばれた形の良い唇。黒いロングコートを羽織った百八十センチはあろうかという抜群のスタイルに、子犬のような熱血感と王子様のような清潔感が同居した、奇跡の造形。
(ど、ど、どストライクーーーーーっ!?!?)
私の脳内にあった『中世ヨーロッパ悪魔学大全』の知識が、一瞬にしてピンク色の花吹雪へと変換された。
なにこのイケメン。富山市藤の木園町の我が家の和室に、突然少女漫画の巻頭カラーから飛び出してきたみたいな超絶美青年が降臨したんだけど!?
「悪魔よ! 俺の名は一条蓮! その少女の体から今すぐ出ていけ!」
蓮くんが懐から十字架を取り出そうとして、コートの裏地に引っかかり、「あ、あれっ、ちょっと待てよ」と焦ってガチャガチャやっている。
(か、可愛い……! 顔面偏差値七十五なのにポンコツ属性まで備えているなんて、神様はどれだけ私の好みを熟知しているの!?)
「おい見ろ、十字架すらまともに抜けてないぞ……」
「あいつ、死んだな……」
後ろの居間から先輩弟子たちの冷ややかなヒソヒソ声が聞こえてくる。
(ちょっとあんたたち! 自分たちは怖気づいて逃げたくせに、勇敢に立ち向かった蓮くんを馬鹿にするんじゃないわよ! よし、決めた! この私の迫真の演技で、蓮くんを今日この場で大金星のヒーローにしてあげる!!)
ようやく十字架を引き抜いた蓮くんが、少し裏返った声で叫んだ。
「い、行くぞ! 『エ、エクソルシゾ・テ……えーと、イン・ノミネ・パトリス……』とにかく悪魔よ、退散しろーっ!!」
蓮くんが十字架を突き出した瞬間。
私は自分の持てるすべての運動神経と演劇魂を総動員し、布団の上で垂直に一メートル近く飛び上がって見せた。
「グ、グアアアアアアアアッ!?!? な、なんだこの眩い光は……!! 先ほどの老いぼれとは比較にならぬほど純粋で、清らかで、そして何より顔がいい……いや違った、魂が美しい聖なる波動だとぉっ!?」
「えっ!? き、効いてる!?」
誰よりも驚いたのは、十字架を突き出した蓮くん本人だった。
居間で見ていた九十九源蔵と先輩弟子たちも、顎が外れんばかりに口を開けている。
「ば、馬鹿な! 蓮のやつ、今ラテン語の文法を三箇所も間違えたぞ!?」
「なのに大侯爵が苦悶の声を上げてのたうち回っている……! まさか、蓮の中に眠っていた未知の退魔の才能が開花したというのか!?」
私は畳の上をゴロゴロと転がりながら、チラッと蓮くんの顔を見た。
汗を浮かべて真剣に十字架を構える横顔も、まつ毛が長くて最高にカッコいい。
(待って……ここでただ除霊されて気絶したら、蓮くんはそのまま飛騨高山に帰っちゃうわよね!? せっかく悪魔憑きのフリをして出会えた運命のイケメンと、このままお別れなんて絶対イヤ! 何か……何かどさくさに紛れてお近づきになる口実は……!)
私の脳内の『悪魔学データベース』が、今度は邪念と恋心によって超高速検索を開始した。
(そうだ! 中世の悪魔学において、悪魔を退ける最大の力は『信仰』と『愛(カリタス/アガペー)』! 特にトマス・アクィナスの『神学大全』でも、悪魔は真実の愛の熱量には耐えられないって解釈ができるはず!)
私は突然ピタッと動きを止めると、荒い息を吐きながら、潤んだ瞳で蓮くんを見上げた。声のトーンを、先ほどまでのダミ声から一オクターブ半引き上げ、可憐な美少女ボイスへと切り替える。
「あ……ああ……! 私の中の悪魔が、あなたの光に怯えています……!」
「き、君の意識が戻ったのか!?」
蓮くんがパッと顔を輝かせて一歩近づいてくる。
「で、でも……悪魔が私の心臓の奥にしがみついていて、十字架だけではあと一歩届きません……! お、お兄さん……知っていますか? ソロモン七十二柱の悪魔や高位悪魔は、冷たい氷地獄の住人ゆえに、人間の『愛の温もり』に最も弱いのです……!」
「あ、愛の温もり……!?」
「はいっ! 古来よりヨーロッパの秘儀において、頑強な悪魔を追い出す最終奥義は、清らかな心を持つエクソシストによる……そ、その……『聖なる抱擁(ホーリー・ハグ)』と相場が決まっているのです! さあ、悪魔が再び私の意識を乗っ取る前に、早く! 私を強く、ギュッと抱いてくださいっ!!」
居間の空気が、ピキッと凍りついた。
九十九源蔵が眉間に深い皺を寄せ、顎髭を撫でながら唸る。
「むう……『聖なる抱擁』……? わしの五十年間の研究でも聞いたことがない秘儀じゃが……いや待て、相手はあの知識量を誇る大侯爵バル・ゼファル。少女の潜在意識が、悪魔の弱点を直接読み取って伝えておるのかもしれん……!」
「そ、そうか! わかりました、俺に任せてください!」
純粋無垢で熱血漢な蓮くんは、一ミリの疑いも持たずに頷くと、膝をついて私の前に両腕を広げた。
「失礼します! これも除霊のためだ……!」
ギュッ、と力強くも優しい腕が、私の肩と背中を包み込んだ。
(きゃあああああああああ!! いい匂いする!! 柔軟剤の爽やかな香りと、ちょっとスパイシーな香水と、男の人の頼もしい胸板!! 受験勉強サボって悪魔学極めて本当によかったあああああ!!)
私は彼の胸に顔を埋め、除霊の苦しみを装いながら、ここぞとばかりに頬をすりすりと擦り寄せた。
「ああっ、すごい……! お兄さんの胸板……じゃなくて、聖なるハートビートが、私の中の邪悪な氷を溶かしていきます……! あ、でもまだ背中のあたりに悪魔の残骸が! もっと強く抱きしめて、ついでに頭も撫でてください! 悪魔は頭頂部の『百会』のツボから抜けていくって、十六世紀スイスの神秘主義医師パラケルススの錬金術書にも書いてありました(大嘘)!!」
「こ、こうですか!? 悪魔よ、少女の頭頂部から出ていけーっ!」
蓮くんが真っ赤になりながらも、大きな手で私の頭を優しくポンポンと撫でてくれる。
(ああ……尊い……! ちなみにホントの豆知識を言うと、中世ヨーロッパの修道院記録には、悪魔が人間の体から抜け出す時は『口から黒いカエルやハエとして飛び出す』か、あるいは『足の親指の先から黒い煙になって抜ける』っていう記述が多いのよ! でも足の親指を引っ張ってもらうより、絶対に頭をなでなでしてもらう方がラブコメ的に正解に決まってるじゃない!)
私はさらに調子に乗って、彼のコートの襟元をキュッと掴み、上目遣いで訴えかけた。
「ううっ、なんてしぶとい悪魔でしょう……! 一時的に追い出しても、また明日の夜に再憑依するかもしれません! それを防ぐには、お兄さんの連絡先……じゃなくて、聖なる言霊が宿る『LINEのID』を私のスマホに刻印し、毎日『おはよう』と『おやすみ』の定時連絡による遠隔祈祷を行うのが、現代バチカンでも最も効果的とされています……!」
「な、なるほど! 現代エクソシズムにおけるデジタル護符と継続的遠隔ケアですね! 俺、座学は苦手ですけど、毎日連絡することなら誰にも負けません! 今すぐスマホを出します!」
(ちょろい! 蓮くん純粋すぎてちょろ可愛い!! しかも毎日『おはよう』と『おやすみ』のLINEをくれるって、それもう実質付き合ってるようなものじゃない!?)
後ろの居間では、先輩エクソシストたちが「おい、あれ本当に除霊なのか……?」「なんかただイチャついてるようにしか見えないんだが……」「いや黙っておれ、あの大侯爵の瘴気が実際に鎮まっておるのじゃぞ!」とざわついている。
両親と九十九先生たちが固唾を呑んで見守る中、私がポケットからスマホを取り出し、和室の真ん中で熱い抱擁を交わしながらLINEのQRコードを読み取ろうとした──まさにその瞬間だった。
氷結する和室・午後四時十五分
ピシィッ……!
突如として、和室の窓ガラスに一瞬で霜が張り巡らされた。
比喩ではない。室温が文字通り氷点下へと急降下し、畳の上の空気が白く濁り始めたのだ。
「な、なんじゃこの異常な寒気は!? さっきまでの比ではないぞ!?」
九十九源蔵が叫んだ直後、和室の天井の空間が、まるで黒いガラスがひび割れるようにバキバキバキッ!と音を立てて裂けた。
『──いい加減にしろよ、小娘ェェェェェッ!!』
鼓膜を直接揺さぶるような重低音の咆哮とともに、裂け目から黒紫色の瘴気が噴き出した。
現れたのは、黒い燕尾服のような豪奢な外套を纏い、頭には捻れた二本の黒角、背中にはコウモリに似た巨大な翼を広げた、身長二メートルを超える異形の貴公子──本物の悪魔だった。
「ひ、ひいいいいいっ!? お父さん、天井からツノ生えた外国人が出てきたわよ!?」
「あ、あれが本物の悪魔か!? 小春の中にいたんじゃないのか!?」
両親が腰を抜かし、先輩エクソシストたちが悲鳴を上げて廊下へ転がり出る。
そして、蓮くんの腕の中にいた私はといえば。
(えっ……ほ、本物!? なんで!?)
宙に浮いた悪魔は、黄金色に光る双眸を怒りで血走らせながら、私の鼻先にビシッと爪の長い指を突きつけた。
『貴様ら、さっきから地獄の遠見鏡で聞いていれば好き勝手言いやがって! 我の名は、地獄の第三宮廷にて七千の亡者軍団を統べる正式な貴族、「虚飾と焔の侯爵・マル・ヴェリウス」だ! なにが「バル・ゼファル」だ、そんな安っぽい名前の悪魔は地獄の名簿には存在しねえよ!!』
「えっ、わしが三十年前に対峙したのはバル・ゼファルではなかったのか!?」
源蔵がショックを受けている横で、悪魔──マル・ヴェリウス侯爵はさらに怒りの矛先を私に向けた。
『そしてそこの女子高生! 貴様が一番タチが悪い!! 「我が名はレギオン」だの「氷地獄の第九圏」だの、この三ヶ月間、夜な夜な部屋で悪魔学の文献を読み漁りながら発音練習をしていたから、どれだけ熱心な黒魔術の崇拝者かと思って見に来てやれば……! 目的が「模試の判定面談をサボるため」だとォ!? おまけに最後は「悪魔は頭頂部から抜けるから頭を撫でろ」だの「LINEのIDが魔除けになる」だの、出鱈目な悪魔学を捏造してイケメンとイチャつきやがって!!』
居間に、かつてないほどの気まずい沈黙が落ちた。
両親が、ゆっくりと私の方を見る。
九十九源蔵が、ゆっくりと私の方を見る。
そして、私を優しく抱きしめていた蓮くんも、真っ赤な顔のまま「えっ……?」と私を見下ろした。
「こ、小春……あんた、悪魔に取り憑かれてたんじゃなくて、模試の面談サボるためにブリッジで階段降りてたの……?」
母の冷え切った声が、悪魔の冷気よりも鋭く私の胸に突き刺さった。
「あ、あはは……えーと、その、これには深い神学的な理由がありまして……」
『あるわけねえだろ!! 神聖なる我が地獄の威厳を、高校の進路面談をサボるダシにしおって! 悪魔の名を騙り、虚偽のエクソシズムで私腹(主にイケメンとのハグ)を肥やした罪は万死に値する! 貴様の魂、本当に第九圏の氷漬けにしてくれるわ!!』
マル・ヴェリウス侯爵が右手を振り上げると、その掌に青白い地獄の業火が渦を巻いた。
冗談ではない、本物の殺気だ。障子が風圧だけでビリビリに破れ、畳が焦げる匂いが立ち込める。
「きゃあっ!!」
私が目を閉じて身をすくめた、その時。
私の目の前に、黒いロングコートの背中が立ちはだかった。
「──そこまでだ、悪魔! この子には指一本触れさせない!!」
「れ、蓮くん……!?」
蓮くんは私を背中に庇い、震える足に力を込めて銀の十字架を構えていた。
「な、なんで……!? 私、悪魔憑きのフリをして蓮くんを騙してたのに……!」
「そんなの関係ありません! 受験勉強が辛くて逃げ出したくなる気持ちくらい、俺にだってわかります! 俺もラテン語の単語テストの前日は、お腹が痛くなるフリをして師匠の稽古をサボろうか三時間悩みましたから!」
(そこは本当にサボったわけじゃないんだ、真面目すぎるよ蓮くん!)
「それに……理由はなんであれ、今ここで女の子が本物の悪魔に襲われているんです! それを守るのが、エクソシストの仕事だ!!」
『フン、殊勝なことを吠えるな、見習い風情が! 貴様のそのなけなしの霊力など、我が一撃で吹き飛ぶわ!!』
マル・ヴェリウス侯爵が腕を一閃する。
放たれた黒紫色の衝撃波を、蓮くんは十字架に霊力を込めて正面から受け止めた──が。
ドガァァァンッ!!
「ぐあああっ!?」
実力の差は歴然としていた。
入門二年の見習いエクソシストと、地獄の軍団を率いる本物の悪魔。蓮くんの体は木の葉のように吹き飛ばされ、和室の床柱に激突してズルリと崩れ落ちた。
「蓮くんっ!!」
「蓮! やはりお前では無理じゃ、下がっておれ!」
源蔵や先輩たちが加勢しようと駆け寄るが、侯爵が広げた翼の結界に阻まれ、和室に入ることすらできない。
蓮くんは口の端から血を拭いながら、それでも膝を突いて立ち上がろうとしていた。
「くそっ……! 俺の祈祷文じゃ、あの悪魔の防御障壁を貫けないのか……!」
『クハハハハ! 当然だ! 我は「虚飾と焔の侯爵・マル・ヴェリウス」! 並の聖水や形式ばかりのラテン語など、我が纏う「虚栄の外套」の前には無力! さあ小娘、次は貴様の番だ!』
侯爵が一歩、また一歩と私に迫ってくる。
その胸元で、逆五芒星の形をした紅い宝石のブローチが不気味に脈動しているのが見えた。さらに、侯爵が足を踏み出すたび、左足だけをわずかに庇うように引きずり、左手には錫杖ではなく『豪奢な手鏡』を後生大事に握りしめている。
(待って……虚飾と焔の侯爵? 左足を引きずり、手鏡を持ち、胸に紅いブローチ……?)
恐怖で凍りつきそうになった私の頭の中で、三ヶ月間、赤本の代わりに血のにじむような思いで暗記した『悪魔学』のページが、パラパラと音を立ててめくられていった。
(中世の悪魔学において、本物の侯爵クラスなら複数の動物のキメラの姿をとるはず! なのに美しい貴公子の姿に固執して手鏡を持っている上に、ルシファーと共に堕天した際に大天使ミカエルの槍の余波で左踵を焼かれて足を引きずっている……これ、『一五八九年・トリーアの悪魔学裁判記録』の脚注三ページ目に載っていた『第三階梯・虚栄の従属悪魔』の特徴そのものじゃない! 受験の日本史はちっとも頭に入らなかったのに、悪魔の豆知識なら私、日本一詳しい自信があるんだから!!)
私は立ち上がると、和室の隅で苦しむ蓮くんに向かって声を限りに叫んだ。
「蓮くん、聞いて!! あの悪魔、『侯爵』なんて名乗ってるけどハッタリよ! トリーアの裁判記録に記された左足の傷と手鏡が証拠、正体は周囲の恐怖で見栄を張ってパワーアップしてるだけの『虚栄の従属悪魔』だわ!!」
『なっ……!? き、貴様、なぜ我が一族の秘匿されし堕天の逸話を知っている!?』
マル・ヴェリウスの足がピタリと止まった。
「弱点は二つ! あいつは左手の手鏡の美化魔法で自分の姿に酔ってるだけだから、加工なしの本当の素顔を直視させれば霊力が止まるわ! それにマルティン・ルターも言ってる通り、高慢な悪魔には格式高いラテン語より、母国語での『素直な侮蔑と真実の指摘』が一番効くの! 怯んだ隙に、核になってる胸のブローチを砕いて!!」
『だ、黙れ黙れ黙れェェェッ!! 受験生の分際でマニアックな宗教改革期のエクソシズム論まで網羅しているんじゃない!!』
焦ったマル・ヴェリウスが業火を放とうと右腕を振りかぶった。
しかし、その時にはすでに、蓮くんが床を蹴って疾風のように駆け出していた。
「ありがとうございます、小春さん! ラテン語を使わなくていいなら──俺の得意分野だ!!」
蓮くんは悪魔の放った炎をスライディングで潜り抜けると、懐から取り出したスマホの画面(さっき私とLINE交換しようとしてカメラを起動した際、焦ってうっかりインカメラに切り替わっていた画面!)を、手鏡を遮るように悪魔の顔面へと突き出した。[インカメラ起動中:画面に映る焦りまくった悪魔の変顔]
『ぐわあああっ!? や、やめろ! スマホのインカメラは魔界の手鏡と違って加工なしで現実の毛穴と歪んだ角がハッキリ映るからやめるのだァァァッ!!』
美化の幻術が破れ、容赦ないインカメラの画面で自分の焦りきった素顔を直視してしまったマル・ヴェリウスの全身から、黒紫色のオーラが風船がしぼむように急速に消えていく。
「くらえ悪魔! お前は侯爵なんかじゃない、女子高生のサボりにマジギレして一般家庭の天井を壊す、ただの器が小さい見栄っ張り悪魔だーーっ!!」
蓮くんのストレートで飾らない日本語のツッコミが、悪魔のガラスのメンタルを直撃した。
『ぐはァッ!? う、器が小さいだと……!? 図星すぎて胸が痛い……!!』
「そこだァッ!!」
蓮くんが跳躍し、青白く輝く銀の十字架の先端を、悪魔の胸元の紅いブローチへと正確に叩き込んだ。
パリンッ!と軽快な音を立てて宝石が砕け散る。
『お、覚えてろよ女子高生ェェェッ! 模試の判定がEから上がらない呪いをかけてやるぅぅぅ──あ、いやそれは元からかァァァッ!!』
捨て台詞とともに、マル・ヴェリウスは天井の裂け目へと吸い込まれ、ポンッと小さな煙を残して完全に消滅した。
同時に、和室の氷もスッと消え去り、穏やかな夕方の光が戻ってきたのである。
結界の解けた和室・午後四時半
「お、おお……! なんということじゃ……!」
結界が解けた和室に飛び込んできた九十九源蔵が、感極まった声で蓮くんの肩を叩いた。
「見事じゃ、蓮! そしてそこの娘さん! まさかトリーアの裁判記録とルターの悪魔観を応用して、初見の悪魔の正体と弱点を瞬時に看破するとは……! わしが五十年かけても辿り着けなんだ境地に、十八歳にして達しておるとはな!」
「は、はあ……まあ、赤本よりは面白かったので……」
私がポリポリと頬を掻いていると、後ろで両親が複雑な顔でため息をついた。
「まったく小春……学校をサボるために悪魔のフリをするなんて、本来ならお小遣い半年ストップよ。でもまあ……今日は本当に危ないところを、この若いエクソシストさんに助けてもらったわね」
「ああ。一条くんと言ったかな、本当にありがとう。天井の修理代は痛いが、娘の命には代えられん」
すると、蓮くんはパッと顔を上げ、私に向かって真っ直ぐに向き直った。
夕陽に照らされたその顔は、やっぱり心臓に悪いほどカッコよくて、少しだけ頬が朱に染まっている。
「あの、小春さん! 俺、今回の件で師匠から正式に一級エクソシストへの昇格を認められそうなんです! でも、今日勝てたのは俺の力じゃありません。小春さんの悪魔学の知識があったからです!」
蓮くんは一歩前に出ると、私の両手をギュッと握りしめた。
「俺は実技は得意ですけど、座学やラテン語、悪魔の歴史の勉強はどうしても苦手で……。だから、もしよかったら! これから俺の『専属助手』として、俺の隣で悪魔の知識を教えてくれませんか!?」
(えっ……!? 専属助手!?)
「わ、わしからも頼む! 実は今日の一件でわしが引退を口走ったことが協会に広まってしまい、全国各地で悪魔たちが調子に乗って暴れ始めておるのじゃ! 蓮と君がコンビを組んでくれれば、日本エクソシスト界の救世主になれる! もちろん、正式な助手として採用するゆえ、飛騨高山本部からの特別奨学金と、バチカン提携大学・神学部の推薦入学枠も用意しよう!」
「「バチカン提携大学の推薦入学枠!?」」
後ろにいた父と母の目が、今日一番の輝きを放った。
「こ、小春! あんた模試E判定なんだから、今すぐお引き受けしなさい!!」
「そうだぞ小春! これからの時代はグローバルな退魔就職だ!!」
現金な両親の猛プッシュを受けながら、私は目の前で一生懸命に私の返事を待っている蓮くんの瞳を見つめた。
「あ、あの……専属助手になったら、今日みたいに除霊の練習と称して、時々『聖なる抱擁』のトレーニングもしてくれますか?」
私が上目遣いで冗談めかして聞くと、蓮くんは耳まで真っ赤にして、それでも力強く頷いた。
「も、もちろんです! 小春さんが望むなら、毎日でもトレーニングします!」
(やったーーーーー!! 受験地獄からの大逆転、イケメンエクソシストの専属助手ルート確定!!)
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします、蓮くん!」
こうして、模試の面談をサボるために始まった私の悪魔憑き大作戦は、本物の悪魔退治と最高にカッコいい相棒(兼・未来の彼氏候補)を手に入れるという、誰も予想しなかったハッピーエンドを迎えたのだった。
──なお、翌日の学校の面談で、担任の先生に「白石、お前なんで第一志望を『エクソシスト助手(バチカン推薦)』に書き換えたんだ!?」と頭を抱えられたのは、また別のお話である。
