筑豊の闇に潜む血塗られた社交場
福岡県中間市の古い産業道路を外れ、遠賀川の川霧が深く立ち込める廃鉱山跡地には、決して近づいてはならない赤煉瓦の遺構がある。そこでは消えた旅行者たちの悲鳴を肴に、金の亡者たちが命の競りを行うという黒い噂が囁かれていた──
川霧を含んだ筑豊の湿った冷気が、錆びついた鉄扉の隙間から地下へと流れ込んでいた。かつて石炭産業で栄えた中間市の片隅、地図からも抹消された旧選炭場の地下空間は、地上からは想像もつかないほど絢爛かつ悪趣味な社交場へと作り変えられていた。
真紅のビロードが敷き詰められた円形劇場の周囲には、高級タキシードやイブニングドレスに身を包んだ若き富裕層たちが、シャンパングラスを片手に下卑た笑みを浮かべている。親の遺産や不労所得で飽食の限りを尽くし、日常の刺激に飽き果てた彼らは、さらなる快楽を求めてこの闇の会員制クラブへと集っていた。
中央の強化ガラスで仕切られた処刑ブースの中には、九州一周の旅行中に拉致されたと思しき若い男女三人が、無骨な鉄製の拘束椅子に縛り付けられていた。足元には赤黒く錆びついた排水溝が口を開け、壁面には電動ノコギリや巨大なペンチ、バーナーといった凶器が美術館の展示物のように整然と並べられている。
ギィィ……ガチャンッ……!
重い鎖が擦れる不気味な音が響くたび、拘束された旅行者たちの喉からひきつった嗚咽が漏れた。ここは、金持ちの若者たちに法外な参加費や落札金を払わせ、無作為に攫ってきた旅行者を拷問・虐殺させるという、文字通り阿鼻叫喚の地獄絵図を提供する──という触れ込みの、闇の会員制クラブであった。
悪魔たちの晩餐と黒髪の女帝
「皆様、今宵は私たちの愛すべきサンクチュアリへようこそ」
劇場の最上段に設けられたバルコニーから、氷のように冷徹なソプラノボイスが響き渡った。スポットライトを浴びて立つのは、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした美少女──この闇クラブのオーナーである夜桜麗華であった。
漆黒のドレスに身を包んだ麗華は、手にしたグラスの中の赤い液体をゆっくりと揺らしながら、眼下に広がる魑魅魍魎の群れを見下ろした。まだあどけなさの残る端整な顔立ちには、人間の醜悪さを嘲笑うかのような傲岸不遜な笑みが張り付いている。
「見てごらんなさい、ガラスの向こうで震える哀れな子羊たちを。彼らは昨日まで、道徳や法律が自分たちを守ってくれると信じて疑わなかった善良な市民ですわ。けれど、現実はどうかしら? この世界を動かしているのは、綺麗な理想でも清らかな善意でもない。すべては金と暴力、そして底なしの欲望ですのよ」
麗華が白魚のような指先を掲げると、会場の金持ちたちから熱狂的な拍手と歓声が沸き起こった。彼女はその濁った熱気を全身で浴びながら、うっとりと目を細めて悦に浸る。
『そうよ……これでいいの。人間なんて、一皮剥けば自分の快楽のために他人の命すらおもちゃにする欲深い生き物なんだから。金さえあれば何でもできる。命だって買えるし、善人の仮面なんて簡単に引き剥がせる。私こそが、この腐りきった世界の真理を支配する悪の女帝なのよ……!』
もっとも、彼女がグラスに注いでいるのは血のようなヴィンテージワインではなく、地元のスーパーで特売されていた濃厚ぶどうジュースなのだが、照明の暗さと彼女のカリスマ性のおかげで気づく者は一人もいない。さらに言えば、「今宵」などと雰囲気たっぷりに語ってはいるものの、地上はまだ夕暮れ時であり、しかもこのクラブは本日がグランドオープン初日なので、まだ一滴の血すら流れてはいなかった。
「さあ、今宵のメインディッシュの始まりですわ! 最初の拷問権を三千万円で落札された御曹司様、どうぞブースへお入りになって」
「ヒャッハァ! 待ってましたァ! チェーンソーで少しずつ指先から削ってやるぜぇ!」
狐の仮面を着けた御曹司の若者が、下品な笑い声を上げながら処刑ブースへと足を踏み入れ、壁から大型のエンジンチェーンソーを取り外した。スターターロープが引かれ、地下空間に耳をつんざく駆動音が轟く。
ギュルルルルルッ……ブォォォォン!!
「ひぃぃぃっ! やめてくれぇぇっ! 誰か助けてくれぇぇっ!」
旅行者たちが絶望の悲鳴を上げ、御曹司の若者が狂気に満ちた目でチェーンソーを振り上げた、まさにその刹那だった。
鉄塊の襲来と崩壊する密室
ズズズズズ……ドォォォォンッ!!
突如として、チェーンソーの騒音すらもかき消すほどの凄まじい地鳴りが地下空間全体を揺さぶった。天井から大量の砂塵とコンクリート片が降り注ぎ、豪華なシャンデリアが激しく揺れ動く。
「な、なんだ!? 地震か!?」
ざわめく会員たちの頭上で、壁面に設置されたセキュリティモニターが一斉に激しいノイズを走らせた。画面が真っ赤な警告表示に切り替わり、不気味な電子音が鳴り響く。ALERT: UNIDENTIFIED MASSIVE OBJECT APPROACHING // WALL INTEGRITY: CRITICAL
「なっ……壁の向こうから未確認の巨大物体が接近中ですって!? ここは地下よ、どうなっているのよ!?」
麗華がバルコニーから身を乗り出した次の瞬間、処刑ブースの背後にそびえ立つ厚さ二メートルの鉄筋コンクリート壁が、激しい亀裂とともに壁の向こう側から内側へと異様な形にせり出した。
ギギギギィィィ……ドゴォォォォォンッ!!
鼓膜を突き破るような轟音とともに、難攻不落を誇った地下クラブの防壁が木っ端微塵に吹き飛んだ。濛々と立ち込める粉塵の向こう側から姿を現したのは、悪魔でも怪獣でもない。極限まで改造が施された、漆黒とイエローに輝く超大型油圧ショベルであった。
通常の重機の常識を完全に逸脱したその機体は、V型十二気筒ツインターボエンジンから青い炎を噴き上げ、フロント部分には巨大バケットに戦車すら握り潰せそうな超硬合金製クラッシャーとドリルが融合した特製アタッチメントを装備している。ヘッドライトからは目が眩むような爆光LEDが照射されていた。
グォォォォォン!! ガシャァァァァン!!
超改造重機は、まるで猛獣のような咆哮を上げながらクラブの建屋へと突っ込み、目の前の設備を片っ端からぶっ壊し始めた。
最初の一撃で、御曹司の若者が構えていたチェーンソーだけをミリ単位の精密なアーム操作で弾き飛ばし、返す刀で強化ガラスの処刑ブースを粉砕。さらに巨大バケットの爪先を器用に使って、旅行者たちを縛り付けていた分厚い鉄鎖だけを糸でも切るかのように鮮やかに断ち切ったのである。
呆然とする旅行者たちの横を通り過ぎた重機は、そのまま勢いを緩めることなくVIP席のテーブルやシャンデリア、さらには拷問器具のコレクション棚までを次々と蹂躙していく。会員たちが悲鳴を上げて非常階段から逃げ惑うなか、わずか三分足らずで、数億円規模の闇クラブはただの瓦礫の山へと変貌した。
鋼鉄の怪物が穿つ風穴
プシュゥゥゥゥ……ッ
すべてを破壊し尽くした重機のエンジンが静かにアイドリング状態へと移行し、油圧式のコックピットハッチがゆっくりと開いた。白煙と砂塵を切り裂いて、その中から一人の男が瓦礫の上へと降り立った。
身長百九十センチを超える堂々たる体躯。黒のタンクトップからは、まるでギリシャ彫刻の英雄が現代に蘇ったかのような、極限まで鍛え上げられた鋼の筋肉が隆々と盛り上がっている。汗に濡れた精悍な黒髪の下には、誰もが思わず見惚れてしまうほど整った甘いマスク。
場違いなほど爽やかな色気を放つその重機オペレーターは、首にかけたタオルで汗を拭うと、バルコニーで石化している麗華を見上げて低く響く声で言った。
「馬鹿なことやってないで帰るぞ」
「で、出たわね……! 筋肉重機ストーカー男!!」
麗華はグラスを床に叩きつけ、美しい顔を真っ赤に染め上げて奥歯を噛み締めた。重機から降りてきたこの筋骨隆々のイケメンこそ、闇のオーナー・麗華の義兄である日向剛健その人であった。
血の繋がらない兄妹と五度目の倒産
剛健と麗華には、血の繋がりがない。二人は幼い頃に親同士が再婚したときの連れ子であり、戸籍上の義兄妹である。再婚時に麗華の名字は日向へと変わっているが、麗華は強い反発心から、外の世界では頑なに旧姓である夜桜を名乗り続けていた。
それには、彼女の生い立ちが大きく関係している。
麗華の実の父親は、冷酷で強欲という極めて性格の悪い人間だったが、同時に抜群に商売上手な男でもあった。幼い麗華に拝金主義を叩き込んだのも彼である。ところが、その父親は剛健の母である聖子と再婚してしばらく経った頃、一世一代の商売に失敗。あろうことか、優しい聖子と麗華を家に置いて、莫大な借金だけを押し付けて蒸発してしまったのだ。
しかし、残された義母の聖子と義兄の剛健は、麗華の想像を絶するほどの善人であった。
聖子は、誰もが振り返るような美人でありながら、困っている人がいれば見返りを求めず助け、誰にでも無償の愛を注ぐ聖母のような女性だった。蒸発した夫に対しても恨み言一つ言わず、「麗華ちゃんがうちの子になってくれたから、私は世界一幸せよ」と太陽のような笑顔で麗華を抱きしめたのである。
そして息子の剛健もまた、曲がったことが一切できない純粋無垢な青年だった。彼は凄腕の重機オペレーターとして昼夜問わず現場を駆け回り、義父が残した借金を己の筋肉と労働だけで完済してしまったのだ。
剛健は妹のことをずっと心配していたが、毒親である実父のもとで育った麗華にとって、あまりに心が綺麗な義母と義兄の存在は眩しすぎて居心地が悪かった。そのため麗華は二人に反発するように独立心を高め、実父譲りの商才で悪事に身を染めては、そのたびに義兄の重機に止められていたのである。
善人すぎる家族への歪んだ反逆
「ちょっと待ちなさいよ、剛健! これで私の商売を邪魔するのは五回目よ、五回目!! いい加減にしなさいよ!」
バルコニーから駆け下りてきた麗華が、瓦礫の上で地団駄を踏みながら金切り声を上げた。そう、麗華が立ち上げた悪の事業が剛健によって粉砕されるのは、今回で実に五回目だったのである。
一回目は、廃ビルで開いたリアルロシアンルーレット賭博場だった。開始直後に剛健が解体用クレーンの鉄球で壁をぶち抜いて乱入し、発射された凶弾を分厚い大胸筋で弾き返した挙げ句、参加者全員を正座させて朝まで命の尊さについて説教した。
二回目は、山林を買い取って企画した人間狩りサファリパークツアーであった。ツアー前夜に剛健が大型ブルドーザーを駆使し、一晩で危険な密林をすべて整地。翌朝には芝生が敷き詰められたファミリー向けピクニック広場へと強制変更されていた。
三回目は、港の倉庫を拠点にした臓器の密売だった。取引の瞬間に剛健がフォークリフトで突入し、保冷ボックスの中身をすべて自前の高級プロテインにすり替え、構成員全員を献血バスへと連行して四百ミリリットル献血に協力させた。
そして四回目に至っては、無人島に秘密基地を建設して乗り出した世界征服である。剛健は水陸両用ショベルで島に上陸するなり、「この秘密基地、建築基準法の耐震基準を満たしてないぞ!」という理屈で、わずか二十分で基地を更地に解体してしまったのだ。
しかも、いつも未遂のうちに粉砕されて実害ゼロなうえ、駆けつけた警察や被害者に対しても剛健が毎回「妹は俺が更生させるんで」と誠実に頭を下げるため、麗華はいつもお咎めなしになっていた。悪の女帝を自称する麗華にとって、兄に保護される反抗期の妹扱いで無罪放免になることほど屈辱的なことはなく、そのたびに彼女はさらに激しく反発していたのである。
瓦礫のなかの事業計画書と夕焼けの重機
「ほら、お説教は家に帰ってからだ。晩飯が冷める前に行くぞ」
剛健が瓦礫を踏み越えて麗華の手首を掴み、連行しようとした瞬間、麗華の感情が爆発した。
暴かれた極悪オーナーの純情
「なんで邪魔すんのよ! 私はアンタたちみたいな『綺麗で正しい人間』が大嫌いなの! 汚い金と暴力でアンタたちの善人面を壊してやりたいのよ!」
麗華はヒステリックに怒鳴り散らし、剛健の腕を振り払おうと必死に暴れた。黒髪が乱れ、大きな瞳の端に悔し涙がじわりと滲む。
しかし剛健は全く動じず、瓦礫の中から妹の私物である黒いビジネス手帳を拾い上げた。そこには、今回の闇クラブの事業計画書が挟まっていた。
『目標収益:五十億円』
『使途:一軒家の購入(義母・聖子さんの老後用バリアフリー設計、義兄・剛健の筋トレルーム完備)』
さらに余白には、細かい計画がびっしりと書き込まれていた。
『※聖子さんは足腰が弱っても庭いじりができるよう全面スロープ付きの平屋を併設。お人好しですぐ人にお金を貸してしまうため、防衛資金は剛健名義の口座にロックする。剛健は重機の運転で身体を酷使しているため、床材を強化した専用筋トレルームと大型サウナを設置すること──』
「な、見ないでよ馬鹿ァッ!!」
実は麗華、父親の借金や、善人すぎて損ばかりする義母と義兄を間近で見てきたせいで、「お人好しな二人を一生食わせるために金を稼ぐ」という極端すぎる家族愛に歪んでいたのである。
剛健は手帳を見て、耳まで真っ赤にして俯く麗華を見つめると、呆れつつも優しく微笑んだ。
「……お前、俺の筋トレ部屋のために地下クラブ作ってたのか?」
「ち、違うわよ! それはあくまで不動産投資としてアンタの名義を使う予定だっただけよ!」
「筋トレなんざ金かけなくてもできるし、母さんもお前が真っ当に飯食って笑ってるのが一番なんだよ」
剛健はそう言うと、麗華の華奢な身体に太い腕を回し、軽々とお姫様抱っこで抱え上げた。
「離しなさいよ筋肉ダルマ! まだ参加費と落札金を回収してないのよ!」
麗華は顔を真っ赤にして暴れ、剛健の分厚い胸板をポカポカと叩いたが、鍛え抜かれた大胸筋には少しも効かない。
「今日の晩飯は母さんのハンバーグだぞ。ほら、帰るぞ」
剛健は暴れる妹を重機の助手席へと優しくはめ込み、安全ベルトを締めた。重機が力強いエンジン音を響かせて地上へと抜け出すと、そこには遠賀川を茜色に染める中間市の夕焼けが広がっていた。オレンジ色の夕陽の中を、二人を乗せた重機はゆっくりと家路についた。
ハンバーグの香りと逃げ場のない包囲網
日向家の玄関を開けると、そこには血の匂いなど微塵もない、香ばしいデミグラスソースと焼きたてのハンバーグの香りが満ち溢れていた。
「ただいま、母さん。麗華を連れて帰ったぞ」
「おかえりなさい、二人とも! ちょうど今、ハンバーグが焼き上がったところよ!」
エプロン姿で出迎えた母の聖子に、剛健が先ほどの事業計画書が挟まった手帳を手渡した。
聖母の超解釈と強制ハッピーエンド
「ほら、母さん。麗華が母さんのバリアフリー住宅と、俺の筋トレ部屋を建てるために計画書を作ってたらしいぞ」
「や、やめなさいよ剛健! それを見せるんじゃないわよ!」
麗華が慌てて止めようとするよりも早く、計画書を読み終えた母は手帳を胸に抱き、瞳をキラキラと輝かせた。
「あらまあ! ついにその気になったのね、麗華ちゃん! 二人の新婚ハウスね!」
「は、はぁぁぁぁっ!? どこをどう読んだらそうなるのよ!?」
「だって、昔から言ってたじゃない。『大きくなったら剛健のお嫁さんになるの!』って。ほら、五歳の夏休みに遠賀川の河川敷でシロツメクサの冠を作って、剛健に『ぜったい剛健とけっこんする〜!』って言いながら抱きついて……母さん、あの時の写真もシロツメクサの押し花も、ぜーんぶアルバムに大事に取ってあるのよ?」
「な、な、何年前の黒歴史を掘り返してんのよこの親はーーッ!?」
「ふふ、卒園文集の『しょうらいのゆめ』にも、大きなひらがなで『ごうけんのおよめさんになって、まいにちハンバーグをつくる』って書いてあったわよねぇ」
「そういえば俺も覚えてるぞ」
横から剛健が太い腕を組み、懐かしそうに頷いた。
「お前、砂場で拾った丸い小石を『これダイヤの指輪だからね、大人になるまで大事に持っててね』って、俺の半ズボンのポケットにねじ込んできたよな。あの石、今でも部屋の引き出しにあるぞ」
「あんたまで乗っかるんじゃないわよ筋肉ダルマ!! 忘れなさいよそんなもん捨てなさいよ今すぐッ!!」
「うふふ、あの小さかった麗華ちゃんが、こんな立派な新居の計画書まで持って帰ってくるなんて……母さん、本当に嬉しいわ。いつかこの日が来ると思って、ずっと準備していたのよ」
聖子は感極まったように深く頷くと、エプロンのポケットから、すでに証人欄に自分の署名と押印が済まされた本物の婚姻届を取り出し、手帳を下敷き代わりに重ねて見せたのである。
「さあ、ハンバーグが冷めないうちにサインしちゃいましょうね?」
「違う! 全然違うからぁぁぁぁっ!!」
麗華は頭のてっぺんまで真っ赤になって叫び、必死に誤解を解こうとするが、聖子の無敵の笑顔の前には一切届かない。
『だ、駄目だわ……この空間にいたら、悪の女帝としての私が完全に消滅してしまう……!』
たまらず踵を返して逃走しようとする麗華だったが、背後から伸びてきた剛健の剛腕が、彼女の腰を軽々と捕獲して抱え上げた。
「母さんの手料理を食わずに逃げるな」
「ひゃあっ!? ちょ、ちょっと剛健、放しなさいよ!」
「母さんがせっかく用意してくれたんだ。お前が筋トレ部屋を作ってくれるなら、俺が一生、重機でお前の城を守ってやるよ」
耳元で低く甘い声で囁かれ、麗華の心臓がドクンッと激しい音を立てて跳ね上がった。
後ろからは兄の鋼の筋肉、前からは輝くばかりの母の笑顔と万年筆。完全に包囲され逃げ場を失った麗華は、涙目で万年筆をひったくると、母が差し出した手帳の上の婚姻届に震える手でサインした。
「……っ、覚えてなさいよアンタたち!! このサインは、あくまで日向家の財産とこの筋肉ダルマの生涯年収を合法的に乗っ取るための敵対的買収なんだからね!! 一生私の下で働かせてやるんだからァッ!!」
精一杯の捨て台詞を吐きながら、麗華は手帳を奪い返して真っ赤に火照った顔を隠した。しかしその陰で、彼女の口元がどうしても抑えきれないほど嬉しそうに綻んでいることを、兄と母は温かい眼差しで見守っていた。
